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拝啓、廻る季節に君はいない。  作者: 日逢藍花
第三章 秋の断章 -Tragedy-

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幕間4-②

 俺が原稿を手に取ると、燎火さんは再びペンを手に持ってノートと向かい合った。


 俺たちは何もなかったかのように、その後も三十分ほど授業を続けた。


 ようやく語っていた内容が終わりそうなタイミングで、彼女が「少し、疲れてしまいました」と切り出してきた。


 過去にも授業中に何度か、そう訴えてくることがあった。


 きっと彼女は、俺が思っているよりもずっと体力がないのだろう。


 綺麗に話を片づけたいという感情を押しのけて、「ちょっと休みましょう。今日はなんだか、いっぱい話してしましたからね」と丁寧に言った。


 彼女は頷いて、身体を倒してべッドに正面から寝転んだ。


「始めたくなったら、また声をかけてください」と、そっと声をかける。無防備な状態をじろじろ眺めるのは失礼だと思ったので、俺はポケットからスマートフォンを取り出して、何かを見ている振りをしていた。


 十分ほど経っただろうか。


 彼女の様子を確認して見ると、寝息を立ててしっかりと眠っている様子だった。


 起こすのも忍びなく、また彼女一人を置いて病室から去ることもできなかったので、困惑しながらしばらく待っていた。


 次第に携帯の画面を眺めるのも飽きてきた。


 それにいつの間にか、俺の方もぼんやりとした眠気に襲われてきた。


 どうやら俺はそのまま、椅子に座りながら寝てしまっていたらしい。


 大量に入れたバイトのシフトと資格勉強、授業用の資料作りの無茶が祟ったらしい。


 睡眠時間を極限まで削って時間を捻出していた。


 彼女と会えると思って気づかない振りをしていたが、俺の方も大分疲労が溜まっていたようだ。



 意識が戻って、真っ先に違和感に気づいた。


 温くて重い、生々しい感触が肩越しに伝わってくる。


 視覚がはっきりしてくる。


 俺の隣で燎火さんが寝ているのを確認して、俺は驚いた。


 二度見をしてしまう。


 変わることなく俺の肩に頭を寄せて、千賀燎火は安心しきった顔をして眠りこけていた。


 ベッドで寝ていたはずの彼女が、なぜ俺の隣で寝ているのか。


 普通に考えれば、俺が眠っている最中に彼女が一旦目覚めて、わざわざそうしたとしか考えられない。


 分からないのは、なぜそんな真似をする気になったのかだ。


 思えば、いつだってそうだった。


 千賀燎火という女性の一挙手一投足に、あれだけ頑なだった俺の心は、まるで思春期の少年のように簡単にかき乱される。


 俺が築き上げてきた灰色の世界はいとも簡単に、彼女が放つ輝きの色によって書き換えられてしまう。


 例え振り向いてくれなくてもいい。


 特別になってくれてもいい。


 その隣にいられるのだったら、俺はそれだけで幸せだった。


 彼女の寝顔をついじっと見つめてしまう。


 暖房機から流れる温風よりも、彼女の体温の方がずっと温度が高く、身体を温めてくれるような気がした。


 その存在がとても愛しく感じられて、俺は自然と口が開いていた。


「……ねえ、燎火さん。俺はあなたのことが」


 そこまで言いかけて、はっとする。


 自分が言いかけた言葉の意味に、ようやく気がつく。


 理性が押し留めていなかったら、きっと最後まで言い切ってしまっていただろう。


 仮に聞いていなかったとしても、俺の中で彼女への執着に歯止めが効かなくなっていたかもしれない。


 すぐに離れようと思ったが、俺が身体を離せば彼女も自重で倒れてしまう。


 どうすればいいか一人で狼狽していると、狙い合わせたかのように、ゆっくりと彼女が瞳を開けた。


 瞼を手のひらで擦りながら、彼女は暢気な声で「おはようございます」と俺に言った。


 なぜ隣で寝ていたのかを訊くと、彼女は意地の悪い顔で「悪戯です」と答えて、くすくすと笑った。


 俺は呆れ顔でため息を吐いて、「あんまり驚かせないでください」と細やかな抗議を示した。


「ごめんなさい。授業をほったらかしにして、随分と休んでしまいました」


 謝るのはそこではない。


 そう言いたい気持ちを抑えて、笑顔を取り繕って「気にしていませんよ」と言った。


 彼女の顔を盗み見る。


 もしかしたら、あの言葉を聞かれたのかもしれない。


 態度には微塵も出していないように見えるが、本当のところは分かったものではないし、直接尋ねる勇気など持ち合わせていなかった。


 まるで幼気な中学生のように、彼女によって俺の心はいとも簡単に掻き乱される。



 初めて恋した、千賀燎火がそこにいた。


 全ては遠い、遠い、夢の話だ。

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