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拝啓、廻る季節に君はいない。  作者: 日逢藍花
第三章 秋の断章 -Tragedy-

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秋の断章③-2

 その日の夜のことだ。


 風呂に入りながら、早速日聖に教わったばかりの発声練習を試してみた。


 その後、俺は自室に引きこもって頭をしきりに悩ませながら、劇の脚本を書き進めていた。


 中学生が自分用のパソコンなんて所持しているわけがなく、必死にシャーペンでノートに文字を滑らせていく。


 あの後、どのシーンを取捨選択して、劇を組み上げていくかを日聖と話し合った。


 その結果をもとに、種本である『ロミオとジュリエット』の文庫本を片手に文章を紡ぐ。


 最初は日聖が脚本も書き上げる予定だったが、見かねた俺が進言して代わりに脚本係を務めることになった。


 どんなに長くても、せいぜい二十分ほどの劇だ。


 それなりに文章には馴染みがあるし、最近はものを書く機会が増えた。


 なんとかなるだろうと気楽に構えていたが、いざやってみるとこれが中々大変な作業だった。


 今回の脚本を練る上で一番気を遣わなくてはいけないのは、最短距離で戯曲の筋が辿れるように構成を調整することだった。


 登場人物を二人に圧縮する都合上、構成は大分変わってくる。


 俺たちが演じる『ロミオとジュリエット』には二人の両親もローレンス神父も、ロミオの敵役であるティボルトも登場しない。全てをアナウンスで回すしかないのだ。


 そして、小難しい言い回しをなるべく避ける。


 シェイクスピアの味が損なわれるのを覚悟で、冗長な表現を平坦にならしていく。


 役者の喋りやすさと観客の理解しやすさを一番に据えて、最適な台詞を考えていく。


 劇の脚本が他のテキストと比べて特異なのは、ト書きが存在するということだろう。人


 物の動作、演出や背景。


 照明などの指示や、細かい情報を台詞と並行して書き連ねていかなければならないのだ。


 脚本の執筆経験がない、演劇のいろはにも疎い俺にとって、次に脳味噌を絞って考えなければならない点がそこだった。



 改めて『ロミオとジュリエット』という戯曲について考えてみる。


 演劇に馴染みのない日本で、一番よく知られた戯曲のタイトル。


 そう言ってもまさか、言い過ぎではないだろう。


 恋愛劇という特質上、シェイクスピアの四大悲劇からは外れているが、誰もが悲劇と聞けば真っ先にこの物語を思い出すはずだ。


 様々なフィクションで引用されているから、話の概要には馴染みがあるだろう。

 

 モンタギュー家とキャピレット家の確執。


 その渦中で、それぞれの息子と娘が惹かれ合ってしまう。


 最中、親友の仇を殺した罪でロミオは国を追放される。


 ジュリエットは毒を使って自らを仮死状態にし、彼との駆け落ちを計画する。


 それを知らないロミオは勘違いから自ら死を選び、彼女もその後を追って自らに短剣を突き刺す。


 運命の悪戯としか言いようのない、若過ぎる二人の大いなる空回り。


 とても高名な戯曲とは思えないやるせない話だ。


 うんざりして、自然とため息が出てしまう。



 台詞の言い回しに詰まって、今一度ぱらぱらと文庫本のページを捲って拾い読みをしていた。


 そのタイミングで、携帯からメールの通知音が鳴った。


 画面を確認してみる。


 そこには送信者として、千賀燎火の名前が映し出されていた。


 どういう風の吹き回しだと訝しんだ。


 いくら俺の送ったメールに返信してくれるようになったとはいえ、彼女の方からメールを送ってきたことは一度もなかったからだ。


 メールの文面を開くと、そこには端的なメッセージが記されていた。


『今週末、一緒に舞台を観に行きませんか? チケットが丁度二枚、手元にあります』


 俺は頭を真っ白にさせながら、『分かった、楽しみにしている。明日また話そう』とすかさず文章を打って送信した。


 携帯の画面をそっと閉じる。


 目の前で何が起こったのか、ようやく咀嚼する余裕が生まれてきた。


 今のは俗に言うところの、デートのお誘いという奴なのだろう。


 彼女にそんな気はないのだろうが、その誘いは俺にとっては泣きそうなほど喜ばしい知らせだった。


 その後も興奮が収まることがなかった。


 一旦はペンを手に取ったが、気もそぞろで何も手につかなかった。


 こうなったら仕方がない。


 俺は早々に見切りをつけて、執筆は辞めて大人しくベッドに横になった。



 目を閉じて、その顔を思い浮かべる。


 あっという間に、意識は落ちていった。

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