秋の断章②-4
「主役なんて、すごいね」
燎火は頬を緩めながら、控えめな声で言った。
「厄介ごとを体良く押しつけられただけだ。まったく、頭が痛いよ」
肩をすくめながら、俺は憎々しげに答えた。
放課後、下校路を二人で一緒に歩いていた。
この時代、この世界で、千賀燎火と何気ない会話を自然に交わす。
そんな奇跡が訪れると誰が予想しただろうか。
俺は確かな幸福を噛み締めながら、彼女と二人きりで過ごす時間を享受していた。
「きっとなんとかなるよ。それにお似合いだから。日聖さんと永輔」
「まさか、そんなわけがない。俺なんか彼女の足元にも及ばないさ。文字通り、役者不足って奴だよ」
地面に転がっていた石を蹴飛ばしながら、いつもように自嘲めいた調子で言った。
前髪を撫でつけながら、ふと燎火がこちらを振り向いた。
「……違うよ」と力強い口調で言い切った。
同じ言葉を二回繰り返して、彼女はやや強引に俺の制服の裾を軽く握りしめてきた。
「どうしたんだ?」
唐突な彼女の行動に頬を熱くしながら、俺はその意味を尋ねた。
「永輔、あなたは本当に凄い人だよ。だから、そんな自分を卑下することはもう言わないであげて」
顔を隠すように俯かせながら、燎火は俺から指を離さずに絞り出すような声で言ってきた。
初めて見る彼女の態度に若干気圧されて、俺は素直に謝まった。
「悪かった。これからは気をつける。でもこれは癖のようなものだから、すぐには直せないかもしれない。だけど、分かってるよ。俺はもう、昔の俺じゃない」
彼女は胡乱な目つきを向けながら、ゆっくりと手を離した。
「……ごめん。変なこと言った」
その頬が薄い赤に染まっていることに気がついて、俺はからかうように声を立てて笑った。
燎火が睨んでくるのを見ない振りをして、俺は再び歩き始めた。
「ねえ、さっきの続き。永輔は日聖さんのこと好きじゃないの?」
それは本質的な問いかけだった。
内心たじろぎながら、どう答えようかしばらく考えた。
「まったく、日聖に気持ちがないかと言えば嘘になる」
俺はそう答えてから、すかさず「でも、それはやっぱり親愛の気持ちでしかない。俺が今好いているのは、紛れもなく君だ。それは変わらない」と、彼女の両目をしっかりと見据えて言った。
燎火は吃ったような、言葉にならない声を喉から漏らした。
「やっぱり、あなたはずるい」
小さく呟かれたその言葉の意味を考えてみたが、俺には見当がつかなかった。
「私なんかより日聖さんの方が、あなたにはお似合いだよ。きっと彼女だって、永輔のことを想っている。あなたを好きにならない私のことなんて、すぐに忘れた方がいい」
「なあ、それは君の本心なのか?」
返事は返ってこなかった。
燎火はただ顰めっ面で、地面を見続けるばかりだった。
「さっき、自分を卑下するなと言ったのは燎火の方だろ? だったら、君には同じ約束を履行する責任があるはずだ。俺から言わせてもらえば、君は本当にすごい女の子だよ。君は強くて、とても魅力的な女の子だ。信じられないほど辛い過去があって、それでもそれを乗り越えようと必死に頑張っている」
俺が死んだ後でようやく果たせたことを、年端も行かない中学生の彼女が成そうとしているのだ。
どう逆立ちしたって、俺は彼女には叶わない。
安心させるように微笑みかける。
燎火は俺の目を見つめて、今度は微笑み返してくれた。
その表情はかつて、十年後に見ていた表情とまったく同じに見えた。
そんな愛しい時間は、あっという間に過ぎていく。
気づけば、彼女と別れるバス停付近に辿り着こうとしていた。
「永輔、ありがとう。日聖さんと劇の練習、頑張ってね」
燎火はそう言うと、立ち止まって胸の位置で小さく手を振った。
「じゃあな」
「じゃあね」
そう言い合ってから、俺たちは別れた。




