秋の断章②-1
夏休みの一ヶ月は、とにかく平穏に過ぎていった。
事件が起こる気配はなく、俺は大半の時間を読書に費やした。
たまに散歩に出かけ、たまに新田たちと遊びに行った。
有意義とは言い難いが、さりとて無為とも言い難い日々を送った。
これまでの三ヶ月は、とにかく色々なことが起こり過ぎた。
俺にはゆっくりと、それらを消化していくための穏やかな時間が必要だったのだ。
だから、夏休みの中で印象に残っている出来事は、片手で数えるほどしかない。
唯一印象に残っているのは、康太と二人で彼の恋人の墓参りに行ったことぐらいだ。
そこで俺は初めて彼の恋人だった少女の顔を見た。
それは過去を精算するために、彼にとっても、また俺にとっても、どうしても必要な儀式だったのだ。
夏休みの間、燎火とのメールのやり取りを欠かしたことはなかった。
俺がメールを送っても、彼女は無視することなくメールを送り返してくれた。
夏祭りの無茶も、あの日の告白も、全ては無駄ではなかったらしい。
あの日以降、彼女は確実に変わったし、変わってきている。
その事実が呆れるほど嬉しかった。
さて、夏休みの間に俺が周囲の接触をなるべく絶っていたことには、もう一つの理由があった。
これ以上、福島永輔の記憶をこの世界に残すべきではないと考えたからだ。
俺はもうすぐ、彼らを残してこの世から消える。
それはあの終業式の日、俺が彼女の横顔を眺めながら誓ったことだった。
幸福な世界はいまだに崩れる素振りを見せず、目の前に在り続けている。
だが、明日も太陽が東から昇る保証などないように、その時が訪れるのは瞬きした次の瞬間でもおかしくはない。
俺が死ねば、それだけで彼らは暗澹たる未来を回避することができる。
カンナが用意したこの世界で福島永輔の存在は、いわばトランプのジョーカーのようなものだった。
彼女は幸福な世界の存亡を俺の選択に託したが、当の俺自身が消えてしまえばその基軸自体が消え失せてしまうのだから。
たった一人。
俺の犠牲だけで、彼らは救われる。
だったら、何を躊躇う必要があるのか。
そう勇んでみても、心のどこかで後ろ髪を引かれている自分がいた。
はっきり言って、やっぱり俺は死ぬのが怖かった。
だがそれ以上に、大切な人たちが傷つくのはもっと怖かった。
だから俺は恐怖を殺して、笑って自分を殺さないといけないのだ。
死ぬのなら、なるべく自然死に見せかけた方が良い。
あからさまな自殺にはそれに足る理由作りが必要だし、何より周りのショックが大きい。
一番妥当なところで事故死。
ありふれた不幸による最期であれば、その方がずっと彼らの負担は軽くなるだろう。
ただ、そのための方法は簡単には思いつかなかった。
夏休み中はずっと、それについて考え続けていたと言っていい。
いずれにしたって、俺の気持ちは燎火には届かなかったのだ。
彼女は俺に心を開いてくれた上で、なお俺の好意を受け入れられないとはっきり告げたのだから。
墓参りに行った時にその顛末を康太に伝えた。
散々幼馴染の恋路に興味を示していたくせに、彼はそれを聞いて腹を抱えてひとしきり笑ってみせた。
その後で「落ち込むな。そういうこともあるさ」と俺の肩を叩きながら、憐憫とも茶化しともつかないことを言っていた。
千賀燎火の特別に、結局俺はなることはできなかった。
ならばそれ以外の方法で、最後に彼女へ恩を返そうと思った。
決行は早い方がいいと思いながら、日々は倦むことを知らずに過ぎ去っていく。
気づけば暑かった夏は過ぎ去って、いつの間にか新学期の日を迎えていた。
秋を迎え、冬はあっという間にやって来るだろう。
あの季節が、また巡って来る。
彼女と出会って、もうすぐ一年が経とうとしているのだ。




