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拝啓、廻る季節に君はいない。  作者: 日逢藍花
第三章 秋の断章 -Tragedy-

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秋の断章①-4

 それが俺たちの出会いだった。


 十五分ほど時間を押して上演された劇に、彼女は当然のように出演していた。


 乞食の少年と貴族の少女という、対照的な二役を彼女は演じていた。


 主役ではないが、どちらも物語の上で重要な役割を果たす人物だった。


 彼女は弱音を吐いていたが、その演技は十三歳とは思えないほど完成度が高かった。


 演出の意図を完璧に理解しながら、性別も身分も真逆の人物を完全に演じ分けていた。


 それは現実の光景とは思えなかった。


 態度や声色、醸し出す雰囲気もまるで異なる人物を、見知った人間が同時に演じているのだ。


 学校で見せる姿とは違い、彼女ははっきりと感情を放出した。


 大仰に笑い、大仰に泣いた。


 舞台の上に立つ日聖愛海は、日聖愛海ではなかったのだ。


 ホリゾントライトに照らされるその一挙手一投足から、目が離せなかった。主役よりもつい彼女の演技を追ってしまう。


 舞台に立つ彼女は、普段とはギャップがあり過ぎた。


 全身の血が沸き立つのを感じる。


 小学校の時に行事で舞台を生で見る機会はあったが、あんなに感動したのは初めてだった。


 その中心に、彼女がいた。


 彼女の身振りが、紡ぐ台詞が、俺が十数年信じていた現実を忘れさせてくれる。


 どんな言葉でも、その素晴らしさを言い尽くせない。


 意識がくらくらと揺らめいて、ただ息を呑むことしかできなかった。

 

 日聖が紡ぎ出す世界に魅せられて、心を奪われた。


 

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 だから夏休み明けの初日、学校で彼女がさも親しそうに声をかけてきたことには驚かされた。


 友人になって欲しいと言い出してきたのは、彼女の方からだった。


 夢を見ているんじゃないかと思いながら、俺はその申し出を受け入れた。


 それを知られたら、一部の人間から間違いなく目をつけられていただろう。


 至極平凡な男子生徒である俺と彼女は、とても見合わない組み合わせだったからだ。


 何か勘違いされるような事態に陥ったら、俺の平穏な学生生活は無惨に終わりを告げていただろう。


 だが、そんなリスクは気にならなかった。


 彼女もそんなことは織り込み済みだった。


 自分が特定の男子と親しくするという意味をよく理解していたのだ。


 だから最初は人目につかないところでしか、俺たちは友人同士として交流ができなかった。



 なぜ日聖が、俺にそこまで入れ込んだのか?


 当時は分からなかったし、今でもその本心は理解しかねる。


 少なくとも、劇の本番から一緒に逃げ出したあの出来事(茶番と言ってもいい)で、そこまで気に入られるはずがない。


 そのセンセーショナル性に惑わされて、本質的な部分を誤魔化してはならないのだ。


 確かに俺は当時、教室では比較的大人びたタイプの人間だった。


 そこだけ切り取れば、彼女に近い存在だったと言えたかもしれない。


 それでも所詮、中学一年生の青臭いガキにすぎない。


 劇団で活躍している日聖は、もっと大人の多種多様な人間と接する機会があったはずだ。


 だから同年代の俺が、特別その審美眼に適ったはずがないのだ。


 年齢を重ねて得た一つの結論は、全ては彼女の気まぐれでしかなかったというものだ。


 日聖愛海は丁度、脱皮の時期を迎えていた。


 もしかしたら、大人として殻を破りつつある自分の足場として、たまたまそこにいた俺が選ばれただけなのかもしれない。



 その根拠として、俺と親しくなってから彼女は変わった。


「……きっと私は、みんなからしたら怪物みたいな存在なんだろうね」


 ある日の放課後。夕焼けに包まれた河川敷の隅で、日聖はそんなことを冗談めかした顔で言ってきた。


 その顔には悲しみではなく、自嘲めいた笑みが張りついていた。


 見ているだけで胸が痛むようなその顔は、大人になった今でも忘れることができない。


 日聖が弱音を吐くのは、あの劇の本番以来だった。


 おそらく彼女はまだ、スランプから脱し切れていなかったのだろう。


 それにはきっと理由があった。彼女の率直な生き方にはいよいよヒビが入り、ガタが来ていたのだ。


「だったら、君の演技でみんなを騙せばいい。怪物じゃなくて、純粋無垢な天使を演じればいいんだ」


 俺がそう言うと、彼女はさも意外なことを聞いたという顔を浮かた。


 それから自信なさげにうなだれながら、憂いを帯びた声色で「……そんなこと、私にできるのかな?」と尋ねてきた。


「ああ、簡単だよ。だって君は役者じゃないか」


 役者が日常で何かを演じてはいけない理由なんて、一つもないじゃないか。


 後からつけ足した。


 当時はまだゴッフマンもレーヴィットも読んでいなかったが、なぜかそんな文句がすらすらと紡がれた。


 自分の気取った言葉の恥ずかしさを誤魔化すように、俺はそっと彼女に微笑みかけた。


「分かった。永輔くんがそう言うなら、やってみるよ」



 All the world's a stage,


 And all the men and women merely players.


 この世は舞台、男も女もみな役者だ。



 シェイクスピアの有名な句を英語で流暢に口ずさんでから、日聖はそう答えた。


 夕日が乱反射する。


 目を刺すようなオレンジ色のリムライトに包まれながら、彼女は自身を覆う光彩よりも眩しく俺に笑いかけた。

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