秋の断章①-2
中学生になってしばらくの間、俺たちに接点らしい接点はなかった。
当の日聖は、今とは大分違う在り様をしていた。
感情らしい感情をあまり露出させず、ほとんどいつも無表情の仮面を顔に貼りつけていた。
基本的に自分からは他者に干渉することはなく、皆から常に一歩引いた身分で学生生活をそつなくこなしていた。
昔から、彼女については噂が絶えなかった。
東京から引っ越してきたのは父親の事業が駄目になったのが原因だとか、ほとんど夜逃げ同然で母子だけ実家に帰ってきたとか、そんな真偽不明の無責任なゴシップだ。
とはいえその態度は、どこかの誰かのような陰気さは感じさせなかった。
彼女に対する悪口など聞いた試しがなかったのだ。
友人らしい友人の気配はなかったが、周りから話しかけられれば、それなりの柔和さで過不足ない対応をしている様子だった。
孤高の美人。
高嶺の花。
同じクラスの逸れ者でも、彼女の場合は肯定的な受け取り方をされた。
それでも彼女と他者のやり取りにはいつも、感覚を鋭敏にしないと感じ取れない微妙な違和感があった。
まるで透明の壁越しにコミュニケーションが出力されているように、彼女と他のクラスメイトの間には、見えないが確かに存在する距離感があった。
確かに彼女は教室にいたが、他の同級生はそうは思っていなかった。
日聖愛海の悲哀はそこにあった。
当然だが、男子の中に彼女へ好意を寄せる者は少なくなかった。
大半の男子は、ほとんど同じような帰結を辿った。
彼女に告白してにべもなく断られるか、皆が噂している通りの少女だと納得して、自分には縁のない存在だと自己完結するか。
その二択だ。
今思えば恥ずかしいが、俺も最初は彼女に淡い憧れを抱いたりしたこともあった。
だが、程なくして後者の運命を辿った。
日聖愛海の名はクラスや同学年だけではなく、他の学年にまで知れ渡っていった。
先輩に告白されている風景を見るのも、珍しいものではなくなっていった。
それでも、彼女の態度や生き方が変わる予兆は見えなかった。
日聖愛海は生まれながらの役者でありながら、実際の人生において演じることを知らなかった。
ありのままの自分で、十分やっていくことができたからだ。
中学生になり誰もが浅ましい処世術を獲得していく中で、彼女だけは生まれ持った自分のままで生きていくことができたのだ。
同級生の前でも、教師の前でも、上級生の前でも、彼女は自分を偽りはしなかった。
それは強い生き方のようでいて、とても危うい生き方だった。
いつか必ず、生き方の転回が必要だったのだ。




