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拝啓、廻る季節に君はいない。  作者: 日逢藍花
第二章 夏の断章 -Romance-

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夏の断章⑦-1

 目が覚めると、俺は草むらの上で横たわっていた。


 起き上がって歩き回ってみると、そこは何となく見覚えのある場所だった。


 しばらくすると大きな社が見えてきて、ここが陣西神社の境内脇であることに気づいた。


 なるほど、俺を帰す場所としてはうってつけのスポットだった。


 カンナ祭りの行事だろう。本殿ではいくつもの篝火が立てられ、まさに祈願の儀式が行われている最中だった。


 千賀氏や数人の男性が白装束を纏って立っていた。

 

 彼らに見つからないように木々に囲まれた外周を迂回して、俺は急いでその場から立ち去った。



 石段を降りながら、携帯を取り出して時刻を確認する。


 二十時四十分。


 一人で逃げ出した時に確認した時刻から、ほんの十分も経過していないらしい。


 狐に摘ままれた気分になりながら画面をよく見ると、着信が大量に来ていることに気がつく。


 番号には見覚えがあった。日聖のものだ。


 慌ててこちらからかけ直すと、いつになく切羽詰まった声が聞こえてきた。


「……永輔くん? ああ、本当に良かった。無事だったの?」


「まあな。おかげさまでなんとかなったよ。顔も見られちゃいないだろう。お前らが心配することはない」


 深い溜息がスピーカー越しに聞こえてくる。


 日聖ともあろう人物がここまで取り乱した声を俺に聞かせるのは、およそ初めてのことだった。


「いきなり一人で駆け出して行くんだもん。そりゃあ、心配で肝を冷やしたよ。でも、なんとかなったんだよね? 逃げ切れたんだよね?」


「ああ、大丈夫だ。全部、丸く収まったらしい。それよりも、お前たちはあの後どうしたんだ? 無事に逃げられたんだよな?」


「うん。二人で自転車に乗って住宅街の方へ逃げた。こっちに追いかけてはこなかったし、もう家が近いから流石にもう追っては来ないと思うよ」


 俺はようやく安堵して、そのまま石段に座り込んだ。


 苔むした石の冷たい感触とそよいでくる夜風が熱った身体を慰めてくれた。


 張りつめた神経が落ち着いて、今度こそ全てをやり遂げたという達成感が湧き上がってきた。


「……改めて、謝罪させてくれ。ごめんな、日聖。俺の堪え性がないばかりに、お前たちを危険に晒してしまった。やっぱり、どこまで行っても俺は駄目な奴だよ」   


「そんなことないよ。さっきだって、私たちを守ろうとしてあんなことをしたんだって分かってるから。あの時の永輔くん、とっても格好良かったよ」


「ありがとう。お前にそんなこと言われるなんて、お世辞でも嬉しいよ」


「お世辞じゃないよ。今日の私は、本当のことしか言わないんだから」


 その言葉に冗談めいた響きは混じっていなかった。


 胸がつきりと痛んで、口からひゅうと空気が漏れる。


 彼女にとっては、何もかもが本気だったのだ。


 瞳を閉じる。意図してそれ以上は踏み込まず、俺は性急に別れの言葉を切り出した。


「じゃあな、また明日学校で会おう。今日はこんな馬鹿な計画につき合ってくれて、ありがとうな。いつか、きっとこの借りは返すよ」


「どういたしまして。でも、最後に約束をして。もう二度と、あんな無茶な真似はしないでね」


「分かった、約束する」とだけ返し、日聖の「それじゃあね」という言葉を聞き届けてから通話を切った。


 立ち上がり、石段を軽やかな足取りで降りていく。


 蛙の鳴き声がどこからともなく聞こえてきて、俺はそのメロディに耳を澄ませた。



 次第に夜が更けていく。


 もう空に花火は上っていない。


 たった数時間の出来事だったが、それは俺の人生で一番長い夜の出来事だった。

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