夏の断章⑤-1
あっという間に当日はやってきた。
目的地までは親父が車で送ってくれた。
車のドアを開けると祭りの喧騒と混じって、遠くからひぐらしの寂しい鳴き声が聞こえてきた。
集合場所へ向かうために、祭り会場近くの商店街を一人歩いていく。
休日ということもあるが、何より夏休みが近いことの方が大きいのだろう。
目の前を通り過ぎる学生たちは心底浮かれ切った様子だった。
公民館の前で、他の二人と待ち合わせをしていた。
夕方の六時頃と約束していたが、十五分ほど早く着いてしまった。
案の定、集合場所には誰もいなかった。
最初にやって来たのは、意外にも康太の方だった。
一緒に親父に連れて行ってもらおうと思っていたが、サッカー部の練習に顔を出すという理由で断られた。
学校から徒歩でやって来たらしく、キャラクター柄のTシャツの下にサッカー部のズボンという随分ラフな格好だった。
「言われてたもの、持ってきたぜ」
現れるなり彼は得意そうな顔で、自分の携えていたスポーツバッグを開けて見せてきた。
中にはオーソドックスな十五センチほどのピストル型の水鉄砲や、三十センチほどもあるライフル型のものまで所狭しと詰められていた。
「……こんなに持ってくることはなかったんじゃないか?」
若干呆れ気味に俺が言うと、康太は平気な顔をして返した。
「サッカー部の連中にも言って、あるものを片っ端から持って来たんだ。多いに越したことはないだろう」
あまり大量に必要になる風景も見えないが、まあいいだろう。
彼女たちの認識が追いつくほんの一瞬で、作戦の命運は決まるのだ。
本格的な追いかけっこをする予定がない以上、そこまで所持品の質量が邪魔になることはないはずだ。
俺たちは公民館前の出店でラムネを買って、ちびちびと飲みながら日聖が到着するのを待った。
久しぶりにそんなものを飲んだので、蓋を開けるのに苦戦して服を汚してしまう。
そんな俺の様子を、康太はけらけらと笑って眺めていた。
集合時間を十分オーバーして、日聖は自転車に乗って現れた。
一応規律に厳しい学級委員長を演じている日聖だが、なぜ彼女が遅刻したかはすぐに分かった。
彼女は浴衣を着ていたのだ。
美空色を基調とした紫陽花柄が入った浴衣で、その下はスニーカーというアンバランスな出立ちだった。
「……すみません。着つけに思いの外、時間がかかってしまったんです」
「おせぇぞ、委員長」
康太がぞんざいな態度で、威勢良く叫んだ。
公民館の駐車場脇に自転車を置いてくると、日聖は急いで駆け寄ってきて、「どうも、すみませんでした」と俺たちに深く頭を下げた。
俺は初めて見た彼女の浴衣姿に見惚れてしまって、ぎこちない挨拶しかできなかった。
中学生の艶姿に見惚れるなんてどうかしてる。
自覚はあったが、短い髪を小さく後ろに結って、雪のように白いうなじを露出させている浴衣姿の日聖は、子どもとは思えないほど魅力的で綺麗だった。
目ざとい彼女は、すぐに俺の不確かな視線に気づいたらしい。
急に俺の方に近づいてきて、もったいぶった様子で耳元に手を添えて囁いてきた。
「ねえ永輔くん、私の浴衣似合ってる?」
「ああ、びっくりした。とても似合ってるよ」
照れ臭さを噛み殺しながら、俺は率直な感想を述べた。
日聖は「やった、嬉しい」と言って、真っ白い歯を見せて無邪気に喜んだ。
そんな健気な様子を眺めていると、心の中で罪悪感が湧き上がってきた。
反射的に彼女から目を逸らしてしまう。
これから俺は彼女ではない他の少女のために、その好意を利用しなくてはいけない。
煙でも吹かしたくなる気分だった。
やり切れなくなって、俺は橙色と群青がグラデーションしつつある空を仰いだ。




