夏の断章④-3
果たして、友人とは何をするものなのか。ふと考えた時に思いついたことがある。
メールの交換だ。
十年後は、様々なSNSが混沌とひしめき合っていたが、この時代は連絡手段と言えば電話か、メール交換ぐらいしかなかった。
考えてみれば旧式のそれらは、かつて俺が彼女と交わしていたコミュニケーションの一つだった。
俺がメールアドレスを尋ねると、千賀燎火は「嫌だ。面倒」と間を置かず断ってきた。
「面倒臭いってことは、一応携帯はもってるんだな」
返す刀でそう切り返すと、彼女は無言でじっと睨んできた。
しかし、その眼差しに以前のような刺々しさは感じられなかった。
内心でほくそ笑んだ。
その沈黙が、質問に対する肯定を雄弁に物語っていたからだ。
二〇〇七年という時世を顧みれば、中学生で携帯を持っている人間は未来よりもずっと少ないはずだ。
彼女が携帯を所持しているという情報は貴重だった。
そこではっとする。
考えてみれば、俺はすでに彼女のアドレスを教えてもらっているし、それを知っているはずではないか。
それは限りなく見込みの薄い希望的観測だった。
蝶の羽ばたき一つでは、流石に世界は滅びない。
だが細部は変わってきて当然だ。
十年の隔たりがある中で、入院中に携帯を手に入れたという彼女と今の千賀燎火が同じアドレスを選択するとは思えなかった。
それでも、俺は一縷の希望を託すことにした。
その日の夜、俺はベッドの上で正座しながら、携帯を久しぶりに開けてみた。
そこには両親の電話番号とアドレス、他には珍しく携帯を持っている日聖や新田のものぐらいしか登録されていない。
俺は恐る恐る、いつか教えてもらった彼女のメールアドレスを登録してみた。
『来週のカンナ祭、二人で行かないか?』
たったそれだけ、書き込んで送信する。
しっかりと目を凝らして、胸の内で願いながら数秒を待った。
メールの送信に失敗したというメッセージは、いつまで経っても現れなかった。
確証はないが、おそらく送信に成功したのだろう。
それからいくら待っても返事はなかったが、それで構わなかった。
上出来だ。
未来で教えてもらったアドレスが生きているという事実だけで、今の俺の心を鼓舞するには十分だった。
翌日、俺は廊下に康太と日聖を呼び出して、あることを頼んだ。
要件を伝えて頭を下げると、康太はにやにやと嫌な笑みを浮かべた。
「そんなこと、よくまあその石頭で思いついたな」
顎を擦って、実に愉快そうに彼は言った。
反対に日聖は眉を吊り上げて、言外に責めるように細い目でじっと俺を見つめていた。
その視線にいたたまれなくなって、俺は肩をすくめて冗談めかすように言った。
「まあ、こんなことを学級委員長に頼むのもおかしいよな」
「それ以前の問題です。永輔くんも宮内くんに当てられてしまったみたいですね。随分と不良になってしまったようで、私はとても悲しいです」
白々しく目元を制服の袖で拭いて、日聖は泣く振りをしてみせた。
彼女の言う通りだ。
言い返す言葉など、これっぽっちも持ち合わせていない。
それだけの馬鹿を、俺は頭を下げて彼らに頼んだのだ。
かつての自分だったらまず出てこなかった類の発想だった。
二人の反応を見守っていると、いきなり康太が俺の右手を引き寄せて肩を組んできた。
急なリアクションに驚き、上ずった声が漏れる。
「まあ、いいだろ。こいつがあんなことを真面目な顔して頼んでくるなんて、そうそうない機会だ」
ああ、その言葉は正しい。
こんなろくでもないことを思いついて、それに大切な二人を巻き込むなんて、俺もついに焼きが回ったらしい。
しかし、後悔などしていないし、するつもりもなかった。
いかに愚かでも、それが今の自分に考えられる、おそらく最善の方法なのだ。
康太の言葉を聞いて、俺はようやく吹っ切れることができた。
もう迷いはなかった。
せっかく中学生に戻れるなんて、千載一遇のチャンスを得たのだ。
とことん青臭くて突拍子もない真似をやらかしてみたいと、心から思った。
堅実なだけで大して役に立たない理性も常識もかなぐり捨てて、ひたすら恋した彼女に尽してみようと誓ったのだ。
「……永輔くん、友だちはよく選んだ方が身のためですよ」
日聖はこれ見よがしに、深い深い溜息を吐いた。
そして、康太には見えない角度から、隠れて彼に向かって舌を出した。
俺の方に近寄ってくると、突然両方の手で俺の頬を引っ張ってきた。
そんな大胆な真似をしながらも、彼女はなおも真面目腐った顔で、俺に言い聞かせるように囁いた。
「まあ、乗りかかった船ですから、私も協力します。貸しは大きいですから、そのつもりで頼みますね」
十も歳下の少女が放つ雰囲気に威圧され、俺はおずおずと「分かったよ」と答えた。
横から康太が感心したような顔で、「ひゅう」と囃し立ててくる。
日聖は彼を一瞥してから、にやりと不敵な笑みを浮かべて言った。
「……さて、やるからには徹底的にやってやりましょう。向こう十年は忘れられないぐらい惨めに、彼女たちの鼻っ面をへし折ってやるんです」
そういえば日聖愛海は、そんな穏やかじゃないことを平気で言う少女だった。




