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拝啓、廻る季節に君はいない。  作者: 日逢藍花
第二章 夏の断章 -Romance-

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夏の断章③-2

「ちょっと来て」


 次の日、彼女の方から俺に接触があった。


 教室から出ると、千賀燎火は出し抜けに俺の制服の袖を力任せに掴んで、有無を言わさずに廊下の隅まで引き連れていった。


 俺は驚かなかった。


 彼女が接触してくることは、薄々予測できていたからだ。


 それだけの用意を張り巡らしていたのだ。


 大方、康太に彼女の友人役を頼んだ件についてだろう。


 学年の人気者が突然親しそうな顔で、自分に話しかけてくるという状況。


 まるでカフカの小説みたいな話じゃないか。


 そしてその犯人として、彼女につき纏っている俺が疑われるのはごく自然な流れだった。



 人気のない空き教室に入り、彼女は足を止めた。


 振り向いた彼女は、俺のワイシャツから手を離さず、肉食動物のように鋭い目つきでこちらを睨みつけていた。


「……あの人を仕向けたのは、あなたの仕業?」


 この世界でまともに彼女の言葉を聞いたのは、これが初めてだったかもしれない。


 可能な限り真剣な顔を取り繕ってから、俺は宣言するように言った。


「君が苦しんでいることを知ったから、助けたかった。何も言わなかったのは、悪かったと思ってる。それに、これは分の悪い賭けかもしれない。でも、他に策は思いつかなかったんだ」


「そういう問題じゃない。なんで、そんな余計なことをするの?」


「さっき言ったじゃないか。君を助けたいと思った。それだけだ」


「この前の手紙、あなたは読まなかったの? 私はもうあなたの姿を見たくない。今すぐ消えて欲しいの」


 改めて拒絶の言葉を口にされるのは、やはり辛かった。


 そんな言葉を聞かされるなんて織り込み済みだというのに、しっかりと心に傷を負ってしまう。


「君が心からそう思っているんだったら、俺はその意思に従う。でも俺が思うに、君はただ強がっているだけのように感じるんだ」


「そんなわけないでしょう。あなたが私の何を知ってるって言うの?」


 掴んでいる場所をワイシャツの襟元に変えて、彼女は顔を歪ませて唾を飛ばしそうな勢いで捲し立てた。


 その姿は彼女の実家を尋ねに行った、あの時とよく似ていた。


 だが俺の見ている風景は、何もかもが違って見えた。


 感情を剥き出しにして吠える彼女の姿を、俺は本心から可愛いと思ったし、同じくらい愛しいと思った。


「そうだ、俺は君のことを知らない。好きな音楽も、どんな服の趣味をしているかも、俺は少しも分からない。でも君がどう思おうと、俺は千賀燎火のことを大切に思っている。それだけは、確かに知ってるんだ」


 自分でも不思議だった。


 彼女が感情を高めれば高めるほど、反比例するように冷静に振る舞うことができたのだから。


「言っている意味が分からない。だって、私はあなたのことなんて、何も知らない。大切に思ってるとか、適当なことを言わないで」


「適当じゃないよ。君は知らないだろうけど、俺は昔、君に助けられたことがあるんだ。他ならない千賀燎火のおかげで、俺はもう一度生きたいと思うことができた。ちょっとやそっとでは、とても返しきれない恩だ。その恩を今こそ、君に返したいんだ」


「……何それ」


 彼女が絶句するのも、無理はない。

 

 この世界の福島永輔は、彼女にとって三年生の春までまったくの他人だったのだろう。


 顔だけは知っているが、一度も話したことはない。


 そんな学年が同じだけの背景と同化した人間に過ぎなかったのだ。


 俺を助けた心当たりなど、彼女にはない。


 違う世界の話をしているのだから、それは当たり前だ。


 心当たりのない事実をさも真面目な顔で語る俺は、彼女からしたら狂人にしか見えなかったのかもしれない。


 しかし、それで構わなかった。


 どうせ端から、好感度は地に堕ちているのだ。


 今さら何を思われたところで、大した痛手じゃない。


「ごめん、これは俺のわがままなんだ。もしもの時は責任を取る。それでも俺は君のために、今度こそ自分本位にやりたいことをやってみたい。……だから、どうか許してくれ」


 答えは聞けなかった。


 彼女は俺から手を離すと勢い良く身体を背けて、そのままどこかへ駆け出していった。


 わずかに覗いたその横顔は、なぜかとても悲しそうな表情をしていた。



 ひとまず、俺は深く深呼吸をした。張り詰めた神経がようやく落ち着いてくる。


 俺はあえて、彼女の後を追いかけることはしなかった。


 吹奏楽部の『翼をください』の演奏が、どこからともなく聞こえてくる。


 耳を澄ませながら、誰もいない廊下の奥に向かって頬を緩ませる。


 ようやく一仕事を終えてほっとした感情と、これから彼女に拒絶され続けないといけないことの恐怖。


 それらが綯い交ぜになって、脳を緩やかに満たしていった。


 それでも結局、最後には充実感の方が残った。


 それほど高尚なものではなかったのだろうが、彼女とようやく本心から話ができた気がしてただ嬉しかったのだ。


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