夏の断章③-1
千賀燎火の実家が陣西神社を経営しているとは、盲点だった。
それは日聖から改めて知らされた情報だ。
思い返してみれば、彼女の実家を訪れた時からヒントはある程度揃っていたのだ。
ちょっと頭を働かせれば行き着く推察だった。
当の日聖も、家に帰ってしばらく経ってから思い至ったらしい。
ならば話は早い。
本人が確実にいないところで、彼女の情報を手に入れるルートが見つかったのだ。
やはり俺には、この世界の千賀燎火に関する情報があまりにも欠けている。
彼女の心を開かせるには、その境遇に深く寄り添うしか他にない。
放課後にでも神社を訪れて、今すぐ神主に接触したいのはやまやまだった。
が、もう一つ喫緊の問題が控えていた。
それはいつの時代も、学生の世界に必ずつき纏う不幸だ。
どうやら彼女は、同級生の女子にいじめのような嫌がらせを受けているようなのだ。
最初は鞄や靴を隠されるぐらいの嫌がらせだったのが、次第に暴力が絡むほどエスカレートしていった。
それは日聖が友人から聞いた話らしい。
加害者は、かつて彼女と仲が良かった女子のグループだと言う。
思えば、その成り行きを予測できなかったわけではない。
あの悪趣味な神だったら、まずそうするだろう。
俺が受けるはずだった不幸をなぞる形で、おそらく彼女は辛苦を与えられているのだ。
彼女を助けるため、俺は数日間必死に頭を働かせた。
結果的に得た結論は、康太の力を借りるしかないというものだった。
最初から他力本願は情けないが、面子を気にしていても仕方がない。
学生たちはあまりに小さい村社会で生きている。
だからえてして、社会的な役割と地位にはひどく敏感だ。
学生には学生なりの秩序と文法がある。
不安がないわけではないが、多少力まかせでも急を要する問題だ。
彼女が明確に他人から攻撃を受けていると知りながら、指を咥えて傍観していることはできなかった。
その程度で手をこまねいていては、神さまへの反抗もへったくれもない。
だから学校中で最も高いカーストに属している、康太の存在は貴重だ。
彼の介入さえあれば、もしかしたら千賀燎火へのいじめを静止できるかもしれない。
俺はストレートに、千賀燎火の友人役を演じてくれと康太に頼んだ。
「なんだ、そんなことか」と拍子抜けしたような表情を浮かべていたが、結局は了解してくれた。
昼休みや放課後に彼女へ接近して、さも親しそうに話しかけてくれというものだ。
陰気な女子に突然興味を持ち、あの手この手で気を引こうとしてくるサッカー部の元キャプテン。
さながら、少女漫画のようなシチュエーションじゃないか。
そんな世界がひっくり返ったような光景を眺めて、加害者グループはどんな行動に出るか。
はっきり言って、それは賭けだった。
妬んだ彼女たちが、さらに嫌がらせを激しくするか。
それとも康太の影響力を恐れて、自衛のために手を引くか。
その二択だ。
二週間ほどで、結果は出た。
ひとまず、俺は賭けに勝ったらしい。
情報を集めてくれていた日聖の口から、例のグループが千賀燎火を無視するようになったという情報を得た。
その間に、身悶えするような紆余曲折があったことは言うまでもない。
今からその仔細な部分を語っていきたいと思う。
康太や日聖が動いてくれている間、俺だけが後ろで呑気に傍観していたわけではない。
頭を悩ませて、あれこれと策を弄する必要はなかった。
あの日から無意識に避けていた彼女に対して、俺は堂々と正面から立ち向かうことに決めた。
泥臭くて実直な、およそ俺には似つかわしくないやり方だ。逃げ出したい気持ちに駆られたのは、一度や二度ではない。
だとしても、俺はもう腹を括ったのだ。
迷うことはなかった。
二人の協力を取りつけた、その翌日。
俺は図書当番で一緒になった彼女へ、唐突に切り出した。
「……あの、千賀さん、俺と友人になって欲しいんだ」
いつもの業務中、二人で本を読んでいたタイミングだった。
彼女は鋭い視線をちらりと向けると、そのまま俺の発言を無視して読んでいた本に視線を戻した。
消えてしまえとまで罵倒した相手から、友人になってくれと迫られたのだ。
頭がおかしくなったと思われても、文句は言えないだろう。
「返事は今すぐじゃなくていい。それに君が俺のことをどう思っていようが、この際どうでもいいんだ。ただ一つだけ。例え何があっても、俺だけは君の味方だということを分かってくれればいい」
それだけを伝えられれば、今は良かった。
その言葉も、友人になりたいという言葉も、俺なりの宣戦布告だったのだから。
だって俺たちは、ここじゃない世界で曲がりなりにも友だちになれたじゃないか。
ならばきっと、もう一度仲良くなれるはずだ。
無慈悲な静寂に覆われる中で、俺は勝手に納得して読んでいた本に意識を戻した。




