夏の断章②-1
翌日、家に突然康太が来た。
「よっ」とモニター越しに片手を上げて言う姿は、昨日が嘘みたいにいつもと変わらず見えた。
俺は家のドアを開けながら、おもむろに返した。
「お前が俺の家に顔を見せるなんて、どういう風の吹き回しだ?」
「急にお前の家に来たくなった。それだけじゃダメなのか?」
「……分かった。入れよ」
いつだって野放図で、他人の都合なんてお構いなし。
それが宮内康太。
かつて誰よりも仲の良かった幼馴染の人となりだった。
聞こえるように露骨なため息を吐いて、彼を迎え入れる。
「久しぶりだな、永輔ん家」
康太は玄関の周りを見渡して呟いた。
「そうだな。もしかしたら、中一の春以来かもしれない」
小学校の時は、毎日のように互いの家を訪ね合っていた。
そこに別の友人が混じることもあったが、当時は同じ面子で毎日遊んで、よくも飽きずにいられたものだ。
それが中学に進学してからというもの、何かの糸が切れたかのように彼とは顔を合わさないようになり、会話も少なくなっていった。
きっとこんな話は、どこにだって転がっているはずだ。
しかし、宮内康太が本来辿るはずだった修羅の道を、俺は知っている。
幼馴染を自称しながら、俺はあの事件が起こるまで彼の変化に気づくことができなかった。
もう少し俺が聡かったら、上出来な人間だったら、決定的に事態が裏返る前に彼を救えていたかもしれない。
歳を経るにつれ、自分を裏切った彼を恨むのではなく、少なからずそう考えるようになってきた。
自己を呪うことと世界を呪うことは、ほとんど同義と言っていい。
今となっては何もかもが遠く、遅過ぎる話だ。
二階にある自室に康太を通してから、麦茶をコップに注いで運んだ。
康太は「お構いなく」なんて宣いながら、俺のベッドに寛いだ様子で寝転がっていた。
彼が遊びに来たからといって、これといってすることはない。
暇潰しのために、時代遅れのスーパーファミコンを押し入れの奥から引っ張り出すことにした。
筐体は大分黄ばんでいて、箱もボロボロになって破れかけている代物だった。
それは両親の教育方針でろくにゲームを与えられなかった俺が、唯一所有していた筐体だった。
子どもの頃は荒い画質も拙いシステムも気にせず、我を忘れて時間の許す限りテレビの前に齧りついたものだった。
とりあえず、サッカーのソフトを選んだ。
電源をつけると、数年越しでも無事に起動してくれた。
十年以上昔に遊んでいたゲームだったが、未だに身体が操作方法を覚えていた。
ディスプレイ越しであれば、俺だってサッカー部の主将とほとんど互角に勝負ができる。
「よっしゃ」だの「やりやがったな」だの、会話未満の言葉が淡々と交わされた。
康太が勝てば次のゲームでは俺が勝ち、俺が勝てば次は康太が負ける。
いたちごっこのような面白みに欠ける試合が繰り広げられた。
しばらく没頭して遊んでいたが、流石に一時間で飽きてしまった。
康太はコントローラーを放り投げ、フローリングの床に全身を投げ出したまま言った。
「やっぱり外行くか」
「外は暑いだろ。俺は行きたくない」
「甘えんな。ここにいたってしょうがないんだから、さっさと行こうぜ」
押しかけてきたのはお前だろ、と俺は心中ぼやいた。
二十五歳になっても情けないことに、俺は幼馴染のペースに乗せられっぱなしだ。
「河川敷でキャッチボールでもするか」
「サッカーじゃないのか?」
「ばか。サッカーは二人じゃできないだろ。それに今は、無性に本物のボールは見たくない気分なんだよ」
子どもの時は、二人でよくサッカーの真似事をして遊んだ。
互いにボールを取り合って、あり合わせのゴールに入れる。
キーパーもディフェンダーもオフェンダーも、全部一人で務めなくてはいけない滅茶苦茶なサッカーだった。
しかし、今の彼にとってサッカーは十一人でプレイする競技であり、それ以外の何物でもないのだろう。




