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拝啓、廻る季節に君はいない。  作者: 日逢藍花
第一章 春の断章 -Comedy-

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春の断章⑥-2

 人家特有の独特な生活臭が鼻を突く。


 俺たちは茶の間に通された。年季を感じさせる木製テーブルが真ん中に鎮座した、オーソドックスな内装の部屋だ。


 すぐにコップに注がれた麦茶が、氷とガラスのぶつかる音を奏でて二つ運ばれてきた。


「お茶じゃなくて、ジュースの方が良かったかしら?」


 俺たちは愛想笑いを浮かべて、「大丈夫です」と断った。


 千賀氏は学校での彼女の様子について、色々と尋ねてきた。


 実情を誤魔化しつつ、俺たちはお茶を濁した表現で彼女の学校生活を語った。


 そこのところ、日聖は器用だった。


 絶妙な脚色を施しながら、さも千賀燎火が素晴らしい学生生活を送っているような口振りで話していた。


 学級委員長という彼女の肩書も、それを千賀氏に信じ込ませるのに存分に役立ったらしい。


 途中から弁舌は彼女に任せ、俺はずっと千賀燎火が母親から受けていたという虐待について頭を巡らせていた。


 日聖によると、彼女はすでに母親から保護されている。


 そして、その母親も自殺したとなると、親族に引き取られたというのが自然な筋だ。


 目の前の老婦人は、おそらく彼女の祖母なのだろう。


 千賀燎火の身に何が起こったのかを探るには、実の母親からの虐待という至極デリケートな話題に踏み込むことになる。


 いつから彼女の性格がああなってしまったのか、なるべく迂遠な切り口を模索しながら、尋ねる時機を見計らう。


 あまり踏み込み過ぎると不審がられてしまう。

 

 俺は日聖の流れるような台詞を聞きながら、格好のタイミングを眈々と狙った。


「……あの娘は色々とあったからね。あなたたちみたいなお友達ができて、ようやく私も安心したわ」


 日聖の話が一段落すると、千賀氏は目を細めてしみじみと言った。


 俺はそのタイミングを見逃さずに、あらかじめ用意していた言葉を切り出した。


「あの、実は千賀さんにお尋ねしたいことがあるんですが」



 その時だった。 


 こちらへやってくる足音が微かに聞こえたかと思うと、正面の障子張りの戸がそっと開いた。


 噂をすればという奴だ。


 俺は内心舌打ちをして、己の間の悪さを呪った。


 顔を覗かせた人物は、やはり千賀燎火当人だった。


「ねえ、おばあちゃん。ちょっと早いけど、お風呂に入りたいんですが」


 呆気に取られた。


 彼女は穏やかな笑みを浮かべて、学校での陰気臭さが嘘のような親密さで祖母へと話しかけたのだから。


 しかし、そんな新鮮な驚きも一瞬だった。


 彼女はやっと俺たちの存在に気づいたらしく、途端に真っ青な顔をして固まった。


 それからスイッチが切り替わったかのように、奮然とした足取りで目の前までやって来ると、俺のワイシャツの襟元を乱暴に掴んだ。


 力任せに引っ張られ、俺はよろめきながら膝立ちになった。


 その小さな体躯のどこに力を秘めているのか。


 きりきりと首が絞められ、苦悶の声が漏れた。


「……なんで、なんで、あなたたちがここにいるの?」


 激情に顔を歪めて鋭く俺を睨みつけ、彼女は唾を飛ばしそうな勢いで詰問してきた。


 ここまではっきりとした感情を放出している千賀燎火は初めて見た。


 同時に彼女に向かって、俺は醜いという素直な感想を抱いた。


「ごめん、千賀さん。悪かった」


 すぐに俺は謝った。


 千賀氏も日聖も目を丸くして、彼女の突然の豹変した姿を眺めていた。


「出ていってよ。ねえ、出てって。もう二度と来ないで」


 そう捲し立ててから、彼女は俺を乱暴に突き放した。


 軽く仰け反りながら、そのまま畳に倒れ込む。


 最後に千賀燎火は、日聖と俺を交互に一睨みしてから、憤然とした足取りで部屋を出ていった。


 嵐が過ぎ去っても、二人はぽかんと口を開けていた。


 目の前で何が起きたか分からないといった風だった。


 俺だって何が起きたか分からなかったし、何より分かりたくなかった。


 世界の終わりのような静寂の後、千賀氏はようやく自分の孫が同級生に無礼を働いた事実に思い当たったらしい。


「どうも、ごめんなさいね」と、呆けた笑みを浮かべながら謝罪してきた。


 結局、日聖が次の句で暇を切り出した。


 家を出るまでずっと、俺たちの間に気まずい空気が流れていたのは、わざわざ説明するまでもないだろう。

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