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拝啓、廻る季節に君はいない。  作者: 日逢藍花
第一章 春の断章 -Comedy-
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春の断章④-1

 家に帰った後、そのまま部屋で仮眠を取った。


 二、三時間で起きようと思っていたが、信じられないような出来事の連続で想像以上に疲弊していたのだろう。


 時計を確認すると二十一時頃で、すっかり夜も深まっていた。


 目が覚めたのは病室ではなく、やはり実家の自室だった。


 鏡の前にもう一度立ってみても、映し出されるのは十四歳の福島永輔に変わりない。


 一つ、ため息が漏れた。

 

 珍しく親父も帰宅しているらしく、リビングからは二人分の会話と焼き魚の香ばしい匂いが漂ってくる。


 俺は何気ない顔でリビングに顔を出し、そのまま食卓に着いた。

 

 最期まで顔を合わせることがなかったためか、親父の印象は最後に見た時と違いが見受けられなかった。


 二人からは案の定、「何時間寝ているのよ」とか「中三になったんだから、とりあえず勉強だけはしとけよ」とかいう、お決まりの小言を吐かれた。


 当時は思うことがあったかもしれないが、いい歳した大人が今さら何を思うのか。


 実のない言い合いを繰り広げるだけのエネルギーが、昔はよくあったなと感心さえする。


 適当に立派な返事をして、二人の機嫌を宥めることに終始した。


 五年振りにしては、中々感動的な家族団欒の場だったのではないだろうか。



 自室に引き上げる。


 ほぼ同じタイミングで携帯の着信音が鳴った。


 そのメロディには聞き覚えがあった。


 中学に入った時に初めて親に持たされた、折り畳み式携帯電話の着信音だ。


 十年後には骨董品になっているメールと通話機能ぐらいしか機能がない安物だったが、当時はまるで宝物のように大切だったのをよく覚えている。


 新品の教科書で溢れた学習机の上にそれは置かれていた。


 画面を開いてみると、見覚えのない番号から着信が来ていた。


 どこかの業者からの電話だろうと思って、そのまま無視しようとした。


 だが三分ほど経っても着信音は途切れなかった。


 仕方がなく、もう一度携帯を手に取った。


 そのまま着信を切ろうとも思ったが、何か予感めいたものを感じ、気づけば通話ボタンを押していた。


 耳をそばだてると、聞こえてきたのはよく響く女性の声だった。

 

 咄嗟に名状しがたい悪寒が走った。

 

 どうやら、俺の予感は当たったらしい。


「……あなたは福島永輔さんですね?」


 無言のまま、携帯から聞こえてくる次の言葉をそっと待った。


「深夜に陣西神社の前でお待ちしています。そこで、あなたが知りたがっているであろうことをお教えしましょう」


 相手はそれだけ淡々と告げると、一方的に通話を切った。


 少なくとも、どこかの悪徳業者からの電話ではないことは確かだ。


 電話の主に心当たりはない。


 しかし、俺の訊きたいことを話すと約束した。


 正直に言って、どこかのタイミングで似たようなイベントがあるのではないかという予感はあった。


 俺が迷い込んだこの世界の構造と論理。


 それは、あまりに作為的ではないだろうか?


 だとしたら、「解説者」とでも呼ぶべき人物の登場はおかしな話ではない。


 不信感を拭うことはできないが、俺には最初から電話主の意に従う以外の選択肢は与えられていないのだ。


 その間に風呂に入り、部屋の掃除をしながら、ゆるやかに時間が経つのを待った。


 日が移り変わった丁度のタイミングで、俺は部屋のクローゼットから冬用に購入したらしい厚手のダッフルコートを取り出した。


 いくら四月とはいえ、春の深夜はまだまだ冷え込む。


 それから気休めのために、台所から小ぶりの果物ナイフを拝借した。


 父はとっくに自室のベッドで寝ている。


 母は、リビングでテレビを見ながら眠ってしまったらしい。


 気づかれないよう注意しながら、そっと玄関を出る。

 

 しっかりと家の施錠を確認してから、車庫に置かれていた自転車を取り出して目的地まで急いだ。

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