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拝啓、廻る季節に君はいない。  作者: 日逢藍花
第一章 春の断章 -Comedy-
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春の断章②-1

 あの頃に戻りたい。


 人生をやり直したい。


 そんな空想に思いを馳せた経験は、どのような人間にだって一度はあるはずだ。


 どれだけ現状に満足している人間だとしても、きっと例外ではない。


 もっともその動機は、現状に絶望している人間とは違う。


 前者は自らの人生をより盤石なものとするために。


 後者は失われた可能性を取り戻して、理想の自分に成り代わるためにそう願う。

 

 苦笑してしまう。


 実に分不相応な野望じゃないか。

 

 アドベンチャーゲームに例えよう。


 予備知識や経験、ヒントが与えられている者が良いエンディングを目指すのと、何も与えていない者が同じ結末を目指すのとでは埋めがたい落差がある。


 何が失敗だったかを心得ているということは、成功する道筋を心得ていることと同義ではない。

 

 だから俺は、目の前の奇跡に大した期待を抱いてはいなかった。


 将来台頭するはずの企業株を買って大儲けしようとか、将来起こるはずの災害から人々を救おうなどという考えは微塵も湧かなかったのだ。

  


 ここではないどこかならば自分は変われる、活躍できる。


 そんな夢を見る能無しが栄えた試しはほとんどない。


 福島永輔は、一度目の人生をこれ以上ないバッドエンドで終えている。

 

 自分を救ってくれた意中の相手を喪う未来に絶望しきって、虫けらのように潰されて絶命した。


 そんな奴が人生をやり直したとして、一体何を取り戻せるというのだろう。

 

 それに人生のやり直しには、実際的な難問がいくつもある。

 

 実際にその状況に置かれてみたらみたで、とても一筋縄ではいかないものだとつくづく思っていた。

 

 カウントが偏っているとしか言えない過去への転生において、それは殊更大きな憂慮となって立ちはだかっている。


 中学生の精神に順応するには、俺はあまりに年齢を重ね過ぎてしまった。


 成虫となった蝉が、抜け出た自分の殻に無理矢理収まろうとしているようなものだ。


 今さら十年前の行動原理や人物像を取り戻して、誰の目にも違和感のないように振る舞えと言われても難しい相談だ(それに付随して拭えない小恥ずかしさもある。それはまあ、仕方ないと妥協するしかないだろう)。

 

 第二に大人と比較して、中学生にはあらゆる面で制限がかかり過ぎている。

 

 経済的にも、法令的にも、学生はありとあらゆる点で不自由を強いられているのだ。


 その分、保護も厚いのだから仕方がないではないか。


 そう言われてしまえばそれまでだが、人は簡単に生活の水準を下げられないものだ。


 表立って煙もアルコールも摂取できないというのは、どうしても辛いものがあった。



 三年間慣れ親しんだ制服に袖を通し、かつて何百回も往復した通学路を歩いていても、やはり現実味は湧いてこなかった。


 実家を出る前に、何度も顔を洗ったり、身体に痛みを与えてみたりしてみたが、それで本当の世界へ引き戻されるということはなかった。

 

 この世界は、事故によって意識をなくした俺が創り出した精神世界。

 

 いわば、明晰夢みたいなものなのだろうか。

 

 もしくは脳に障害を負った二十五歳の俺が、自分を十四歳だと妄想して病棟の一角で譫言を呟いているのか。

 

 とはいえ、こんなにも鮮明な景色が広がっている以上、それをただの妄想の産物と片づけることはできなかった。

 

 つまるところ、哲学者や神経学者たちが机に座って議論し合う懐疑論など、目の前の現実に比べればはるかに弱いのだ。


 結局人は、最後には自明なものに寄りかかって生きていくことしかできない。



 何はともあれ、俺は元の人生になるべく沿うように生きようと思った。

 

 相変わらず虫けらのような人生を送っていれば、その先で、もう一度彼女に会うこともできるかもしれない。

 

 そして今度こそ、間違えず最期の時まで彼女に寄り添おう。

 

 それだけが、目の前の奇跡に対して俺が出したアンサーだった。

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