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拝啓、廻る季節に君はいない。  作者: 日逢藍花
序章
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序章

 ……というのも生活自体が劇的に演じられているものだからである。


 世界の隅から隅までが舞台ではないことはいうまでもない。


 しかし世界がどういう点で舞台でないのかを決める基準を明示することは容易なことではない。



        E・ゴッフマン『行為と演技—日常生活における自己呈示』

 二度目の人生にして、初めて手紙を書いた。


 消しゴムの屑が散らばった机の上に突っ伏して、息を吐いた。


 完成品を()めつ(すが)めつ眺めてみる。作った本人の不調法さが透けて見える、なんとも言えない出来だ。


 まあ、凝って作っても仕方がない。 


 その体を成せば、最低限なんでもいいのだから。


 手紙なんて書いたのは、覚えている限りでは小学四年生が最初で最後だった。


 十年後に二十歳になっている、将来の自分に手紙を書きましょう。そんな授業でのことだったはずだ。


 自分以外に届けるために書いた手紙は、もういなくなった彼女に宛てて書いたものだった。

 

 だから、この手紙の封が切られることは二度とない。


 そこに綴られたメッセージは、誰にも読まれることはないのだ。


 手紙は読まれて初めて意義を持つ。


 読まれない手紙など存在意義があるのか。訳知り顔で人は言うかもしれない。

 

 はっきりと認めてしまおう。

 

 これはただの自己満足だ。

 

 無駄なことをと嘲るのは勝手だが、こちらにだって理屈はある。

 

 そもそも、自己満足の何がいけないのだろう?

 

 居直るわけじゃない。


 でも、考えてみれば、世の中には上辺だけ着飾った自己満足が嫌というほど溢れ返っているじゃないか。


 世間の皆さまが口を揃えて言うほど、人々は生産性だけを追い求めているわけじゃないし、合理的でもない。

 

 究極的には生存だって、一種の自己満足なのかもしれない。

 

 神さまが俺たちに与えた目標は、いかに満足気に生きて、満足気に死ぬか。


 どうしようもなく簡単でひたすら難しい、たったそれだけのことなんじゃないのか?

 


 いや、余計な思案はやめておこう。


 とても言葉では語り尽くせない想いを、浮遊するこの一年間の記憶を触媒にして文章に還元したのだ。


 とても美しいとは言いがたい、周りくどい文章かもしれない。


 読み返してみたら、衝動的に破り捨ててしまいたくなる代物かもしれない。 



 だけど、それでいい。

 

 これは祝福を込めた、かくあれかしという俺の祈りの形なのだから。



 外からは時々、風が吹きすさぶ嫌な音が聞こえてくる。


 親父の部屋から拝借した貴重な煙草を一本吹かしながら、カーテンをずらして窓の外を眺めてみた。

 

 あの日と重なるような、ほとんど吹雪のような天候だ。


 ニュース番組が一週間前からこぞって喧伝していた、数十年ぶりだとか、ここ四半世紀近くで最大だとかいう、鳴り物入りの寒波が関東地方を揺るがしているのだ(後々、その謳い文句は誇大だったということが判明してしまう)。


 錠を外して、十センチほど開けてみる。


 強風に吹かれて雪がひらりと舞い込んで、煙草の火と共に消えた。


 後にはただ、呑み込まれてしまいそうな降雪の音しか残されていなかった。


 窓を閉める。

 

 俺は深呼吸をして、自室のクローゼットから厚手のダッフルコートとマフラーを取り出して着込んだ。


 忘れず、例の手紙をコートのポケットに忍ばせる。


 再度ライターで煙草に火をつけて、たっぷり時間をかけて吸い終えた。

 

 今吸った分で、煙草は最後にしよう。


 ぼんやりと心に決める。


 煙もアルコールも、今の俺には必要のないものだ。


 懐中電灯を持って、デスクライトだけが灯った薄暗い自室を出た。


 両親が寝静まっているのを確認してから、長靴を履き、あまり役には立たなそうな傘を携えて、導かれるようにして家を後にした。


 幸いにも(一時のまぐれだろう。とかく冬の気候は移ろいやすい)、先ほどよりも吹雪はその勢いを弱めていた。前後不覚という悲惨な状態ではないことに勇気づけられる。


 足元が隠れるほど雪は積もっていたが、道を見定めて交通が可能であることを確認すると、俺は勇足で寒空のもとに繰り出した。

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