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2-2

 本来敵対すべき相手であるはずだが、実際はヴァンたちのような裏の世界とは浅くない繋がりがある。

 話を持ってくる男がなかなか特殊な人間なので鬱陶しくはあるが、警察と協力関係にあると色々と便利なのだ。

 内容も相手もわりとしょーもないので普段であれば断っていたかもしれないが、タイミングも悪くなかったので引き受ける運びとなったというワケである。


「いいかギル、とりあえずは大人しくしとけ。最初はお行儀よく話し合いだ。暴れンのは向こうがクロを認めて止める気が無かった時だ。そこは間違えんな」

「ええー、つまんないー。別にいいじゃん、先手必勝でハチの巣にしちゃえばー」

「だから、一応建前とかそういうもんがあるんだよ」


 ギルよりもよほどタチの悪い駄々をこねるリアに、ヴァンは深い呆れとわずかな諦めの入り混じったため息を吐いた。


「兄ちゃんが建前とか似合わないー」

「似合う似合わないの問題じゃなくて。リアはもうちょい世の中の生き辛さとかそういうもんを覚えなさい」

「むー、もっと殺伐とした世界に生きたい‥‥」

「気に入らねえなら殺伐としたアホな組織にでも入ってとっとと死んで来い」

「やーだー。兄ちゃんがいいー」


 リアはヴァンの首に抱き着いてぐりぐりと頬と頬を擦り付けながら、なぜかアゴの下から銃口を押し付ける。その様子にギルがぎょっとしているが、いつものことなのでもはや焦る気にもなれない。

 と、ふとギルが何かに気付いたように「けど」と小さく挙手した。


「話し合いで丸く収まることなんてあり得るんスか?」


 単なるアホかと思ったが、目の付け所は悪くない。ヴァンは喉元に銃口を押し当てられたまま、ニヤリと不敵な笑みを漏らした。


「いいや、あり得ないね。だからしっかり体ほぐして暴れる準備しとけ」


 クロであれば組織壊滅も可、というのが依頼内容だ。しかし実際は、ほぼ間違いないからぶっ潰せというのが話の主旨であった。


 組織をひとつ潰すと言うと大事のように感じるが、相手取るのは小さな組織なので決して無茶な条件ではない。おおよそ、大きくなり始めて調子に乗った組織がアホなことに手を出し始め、あっという間に目をつけられたというところだろう。


「うひゃー! いいねイイネ! 兄ちゃん好き!」


 リアがくるりと態度を翻して嬉しそうに抱き着いてくるが、機嫌が良くなっただけで銃口はいまだヴァンを捉えたままだ。


 リアはもはや撃ちまくる気満々でいるようだが、実は今回は警察からもそれを認められている。無茶をしていいワケではないが、必要とあらば組織を壊滅させてしまっても構わないと、黙認ですらなく、殺して構わないとハッキリと口にしてしまう。

 利害が一致している時は非常にやり易いが、敵対した時は恐らくどこまでも面倒なのだろうと思わせる、それがヴァンと繋がっている警察の性質だった。


 今回は決定的な証拠が見つからないので、潰してから証拠をもぎ取るつもりのようだ。当然、表向きはヴァンたちの存在を伏せたまま。

 依頼主に対する信頼など一切ありはしないが、警察もこちらとの繋がりが明るみに出るのはあまりにもマズい。互いのメリットとデメリットが分かりやすく見えているからこそ、信頼はなくとも手を組むことが出来るというワケである。


 ヴァンの宣言で戦意を高揚させる面々だったが、それを眺めるマイカはひどくつまらなそうだった。


「そういや、嬢ちゃんも行くんスか?」

「行くわけないでしょバカじゃないの」「行くわけねえだろバカじゃねえのか」


 声を揃えて罵られ、ギルは返す言葉を持っているはずもなく。


「ホント、その通りだぜギル」

「兄貴はな、マイカちゃんにだけはクソ甘めぇんだ」

「そうそう、兄貴がマイカちゃんを危険に晒すような真似するかよ」


 口々に好き勝手を言う弟たちに「うるせえな」と睨みつつ、ヴァンは考え込むようにどこか遠くを見つめて黙り込んだ。

 同じように、マイカもいつもの不機嫌顔とは少し違う神妙な顔を浮かべ、やかましく盛り上がる弟たちを余所に2人の間にだけ重い沈黙が流れていた。

 ギルはその様子に気付き、窺うようにしながら控えめにヴァンの顔を覗き込む。


「‥‥あの、気になってたんスけど、嬢ちゃんって何者なんスか?」

「バカ野郎、無粋なこと聞くんじゃねえ。見りゃ分かんだろ」


 答えたのは、当然ヴァンではない。ニヤニヤと悪戯めいた笑みを浮かべる弟たちをギルは不思議そうな顔をして見、ヴァンに背を向けて座るマイカを見、最後にヴァンの横顔を見て、「あっ」と何かを察したように視線をうろつかせ――


 ――次の瞬間、ドグシャア!とギルの座っていた椅子が思い切り蹴倒された。動揺していたのも含めて完全に不意打ちだったギルは、したたかに後頭部を床に打ち付ける。


 突然の騒ぎに場は騒然と、するはずもなく。

 こめかみの血管をぴくぴくと震わせるヴァンと無様に床を這うギルの姿に、店内には爆笑の渦が巻き起こる。


「勘違いだったら悪りぃからなあ、一応聞いてやる。てめぇ今、何を思った?」

「す、すんません、なんでもないッス!」

「なんでもないこたぁねえだろ。言ってみろよ。ほら、言えよ」

「ホントすんません! 全然、ホント、兄貴のことロリコンとか思ってないッスか‥‥らッ!」


 頭を思い切り踏まれ、ギルは潰れた声を上げる。それでもギルを心配する者などいるはずもなく、弟たちは腹を抱えて笑うばかり。

 普段より少しギルの扱いが荒くなっているヴァンは、なにもギルの態度に本当に腹を立てているわけではない

 リアと違って浮かれてはしゃぐようなことはせずとも、ヴァンとてこんな世界に浸っている以上、決して大人しい人間ではない。


 ――つまりヴァンとて本当は、これから起こるであろう大騒ぎが楽しみで仕方ないということだ。

 ギルの頭を踏みつけながらため息を吐きつつも、その口元には抑えようのない凶悪な笑みが浮かんでいるのだった。


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