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その日、いつものように店内には兄弟が集い、しかし普段とは明らかに質の異なる空気が流れていた。
漂うのはいつもよりも濃密な深煎り珈琲の香り。場を支配する空気には1本の緊張の糸が張られているよう。そして集う弟たちの手には魔銃を始めとする、凶器。
ヴァン一家は決して大人数とは言い難く、ほとんどのメンバーが揃っている今でも十数人ばかり。ヴァンは信用に足る人間しか側に置かず、少数精鋭を貫いている。
今日はその中にギルも混じり、ヴァンの隣で目を輝かせていた。
「ついに抗争ッスね‥‥! ワクワクするッス!」
ギルが興奮を抑えられないように立ち上がり、体を揺する。そんなギルを睨みつけながらヴァンは苛立たしげに舌打ちを漏らした。
「抗争じゃねえし、楽しむようなモンじゃねえよ。アホなこと言ってると叩きだすぞ」
「えっ、でも姉貴は‥‥」
敢えて目を逸らしていたそちらに目を向けると、活き活きとした表情で銃の整備や動作確認を行っているリアの姿が。机の上には大量のマガジンが積み上げられていて、いったいどこの紛争に駆けつける気なのかといった様相を呈している。
「話の通じない相手だと嬉しいなー。それなら遠慮なく撃ちまくれるもんね」
「一番通じないのはお前だよ。なんなの、どっかの国でも相手にする気なの?」
「備えあれば憂いなしという諺があってですね」
「過ぎたるはなお及ばざるが如しという諺はご存知ですかね」
「私の辞書にはありませんなー」
リアは意に介した様子もなく、上機嫌でコンバットモードに準備を整えていた。残念ながら、それらの装備は今回ほとんど活躍することはない。
「とにかく、コイツは別モンだ。頭のネジが数ダースは錆びてるからな」
リアは唇を尖らせて「ほんとヒドイよねー」と隣に座るマイカに同意を求めていた。
「そうね、サイッテーだわ」
マイカはライフルのマガジンを弄びながら、いつも通り不機嫌そうな声を漏らす。
今日のマイカは白いワンピースに水色の上着を羽織った少し大人っぽい服装だ。特にお気に入りのスタイルというものがあるわけではなく、その日の気分で決めているためその姿は千変万化である。
「いいかギル、暴れンのが楽しいことは否定しない。だが命がかかってることを忘れんな。特にお前みたいなアホな新人は、調子に乗ってとっとと死んでくんだよ」
その台詞にギルは瞳を輝かせてヴァンを見つめた。
「了解ッス! やっぱ兄貴かっけーッス! ウワサ通りッス!」
「はっはっは、なんたってビッグブラザーだからな」
ヴァンは誇らしげに胸を反らせる。二つ名なんてちょっとバカっぽい気もするが、実際につけられてみるとなんだかんだ嬉しいものだ。
「ただ、心配してもらえて嬉しいんスけど、俺もけっこう腕には自信あるんスよ。そこは認めてもらえると嬉しいッス」
「当たり前だ。腕が無けりゃ死ぬ。お前が転がり込んで来たのはそういう世界だぜ。そんなことも分かってねえようなら今すぐ帰れ」
ヴァンの厳しい言葉にギルはわすかにひるむが、すぐに負けじと拳を握る。
「‥‥わ、わかってるッス。けど、それでも、俺はけっこう強えぇんじゃないかと思うんスよ。もちろん、兄貴の足元にも及ばないとは思うッスけど」
「当たり前だ。オレを誰だと思ってやがる。かの有名なビッグブラザーだぞ」
「この間まで知りもしなかったくせに、何回も繰り返してバカじゃないの」
辛辣なマイカの言葉にもヴァンはやはり気にすることなく、ギルに挑発的な笑みを向けて珈琲に口をつけた。
「そんなに自信があるなら結果で示してみな。死んだところで骨は拾ってやらねえけどな」
「了解ッス! 頑張って兄貴に認めてもらうッス! ところで、今日はどこに行くんスか?」
「は? この前説明したじゃねえか」
「俺、聞かされてねえッス!」
そういえばそうだ。ギルがいない間に話していたことをすっかり忘れていた。
ヴァンは気を取り直して、トッポを咥えて今回の仕事の説明を始めた。
「麻薬を扱ってる組織があってな、今日はそいつらのところに乗り込む」
「麻薬ッスか! ワルっすね!」
小学生並みの感想にため息を返しつつ、げしげしとギルの座る椅子を蹴る。
「黙って聞け。ソレ自体はどーでもいいんだよ。持ってんのは前から知ってるし、売人なんざそこらじゅうに掃いて捨てるほどいる」
分かってるのか分かってないのか、ギルはしきりに頷いている。
「ただ、どうやらガキにも売り始めてるみたいでな。それが本当なら、放ってはおけない。潰してやらねえといけないよな――っていう依頼」
麻薬が良いものだとは思わないし、子供に使わせるのが良いことだとも思わない。だが本来は自分たちがわざわざ首を突っ込む問題ではないのだ。
正義の味方を気取るつもりなどはさらさらなく、かといってわざわざ悪を貫くつもりもない。そもそもこの世には善も悪もなく、それを判断するのは常に個人の主観である。
ではなぜこんなことに関わるのかというと、言った通り依頼だから。
内容を理解し、納得できる金額が支払われるというのなら応える。たったそれだけの、単純な理由だ。
今回、この話を持って来たのは――警察だった。
本来敵対すべき相手であるはずだが、実際はヴァンたちのような裏の世界とは浅くない繋がりがある。
話を持ってくる男がなかなか特殊な人間なので鬱陶しくはあるが、警察と協力関係にあると色々と便利なのだ。
内容も相手もわりとしょーもないので普段であれば断っていたかもしれないが、タイミングも悪くなかったので引き受ける運びとなったというワケである。