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顔面をガーゼや絆創膏で覆った痛々しい姿で、服を着るのもツラかったせいかダボっとした雑な服装ではあるが、瞳は活力に溢れている。頭の上で血のように赤い髪の毛を揺らすのは、先日一家にやって来たばかりのギルであった。
唐突な来訪者にほんの一瞬張り詰めた空気は、ギルの姿を認めた途端再び先程までの弛緩を取り戻す。
ギルはそんな空気に気付いているのかいないのか、店内に姿を現すと同時にヴァンの姿を認めて瞳を輝かせた。
「兄貴、お疲れ様ッス! 何してるんスか! あっ、それもしかして〝魔銃〟ッスか! スゲェ、俺初めて見たッス!」
なんかやかましいのが来た。マイカもココアを飲みながら「うるさ」と不機嫌に瞳を細める。
「兄貴、見せてもらってもいいッスか!」
答えるより先に隣の席に腰かけ、手元を凝視してくる。かなり鬱陶しいが、追い払うのも面倒でヴァンは大げさにため息を吐いた。
「‥‥見るだけな。触ったら即座に脳ミソが吹っ飛ぶと思っとけ」
「りょ、了解ッス‥‥」
苦笑いを浮かべつつも、ギルは姿勢を正して行儀よくお座りする。背後から多分に期待を含んだリアの視線を感じるが、気付かないふりをしておいた。
ギルが今しがた言っていたように、ヴァンが弄っているのは〝魔銃〟と呼ばれるもの。魔力銃や魔力伝導銃などと呼ばれる場合もあるが、明確に正式名称と呼べるものはなく、魔銃と呼ぶのが一般的である。
――人間の身体には〝魔力〟と呼ばれる力が宿っていることは、誰もが知っている常識だ。
それは性別や年齢問わずほぼ全ての人間が扱うことの出来る力で、その魔力は生活の一部として根付いている。
魔力が引き起こせる現象は微々たるもので、漫画やゲームにあるような、爆発を引き起こしたり氷の雨を降らせたりといった華々しさは望めない。出来ることは精々指先に小さな火を灯したり、水の温度を変えるという程度。さらにそういった温度や状態の変化を引き起こせるのは、直接手の触れている範囲のみである。
規模が小さいゆえ素質や才能などというものに左右されることもほとんどなく、使用にはある程度のコツが必要なだけ。基本的には煙草に火をつけたり少量の湯を温めたりといったことにしか使われないため、誰もが平等に扱うことが出来る力だ。
が、エネルギーに変換されない純粋な魔力には破壊力があり、攻撃的な行為に利用することも可能である。岩や壁を粉砕するような爆発的な威力は持ち合わせていないが、人体にダメージを与える程度であれば十分な破壊力を有している。
ただ、そういった魔力の扱いは非常に難しく、誰もが簡単に人の命を奪えるほどの力を振りかざせるというワケでは、もちろんない。
純粋な魔力を体外に放出するには少なからずの精神力を必要とし、場合によっては自分自身の肉体を著しく傷つける危険性すらある。ゆえに純粋な魔力を放出することはほとんどの国で禁止されていた。
――しかし、人間がそんな便利な力を使えないままに放っておくわけがなかった。
遠く昔の戦争の時代には魔力を有効的に兵器として扱うための技術が確立され、その技術は長い年月をかけ洗練を重ねて現代まで伝えられてきた。
その技術を組み込んで作られた武器が、この〝魔銃〟と呼ばれるものである。
魔銃には、技術が生まれてから今日まで使われ続けるに足るメリットが数多く存在し、主要なそれを上げるだけでも魔銃がどれほど便利な代物であるかは明白だ。
魔力を弾薬とするため弾倉を持ち歩く必要がなく、魔力を使い続けると疲労という形で肉体に還元されるものの、基本的に弾切れという概念が無い。火薬等で汚れることがないため、日々の清掃や整備が不要。構造が単純なのでまず動作不良を起こすことがなく、武器としての信頼性が圧倒的に高い。反動が無く、扱いが容易。セミオートにもフルオートにも切り替えられるため、汎用性が非常に高い。
対してデメリットは、魔銃の性質上オーダーメイドとなり使用者以外に扱うことが不可能で、貸与が出来ないこと。それゆえに価格が実銃(魔銃に対し、弾薬を使用するものがまとめて実銃と呼ばれる)と比べて跳ね上がること。また魔力は肉体から離れると空気中の魔力に混ざって溶け消える性質があるので、遠距離狙撃が不可能なこと。
だが価格に関しては、弾薬や整備などのコストがかからないため長期的に考えればむしろ安く上がる。有効射程は50mあるかどうかといったところだが、市街戦であれば十分すぎるほど。
本人以外には使えないというのが汎用性を低める唯一のデメリットであるといえるが、これに関しても、もし銃を奪われてしまった場合敵に使われることがないというメリットも存在している。
そのような理由から、軍隊のような大きな規模の組織ならまだしも、ヴァンたちのような小規模に銃を扱う者たちの間では実銃はほぼ完全に廃れてしまっているのである。
だからこそ実銃を好んで扱うリアは異質であり、必要以上に印象を残してしまっているというワケだ。
ちなみにヴァンが今弄っているのはハンドガンの形状をしているが、中にはマシンガンやライフルの形状のものも存在している。形状を変えたところで効果が変わるわけではないので、その辺りは好みの問題である。
「いやー、やっぱいいッスねー。オレも魔銃持ってみたいッス! なかなか個人じゃ買えるモンじゃないッスからねー」
便利すぎる代物ゆえに取り締まりも厳しく、値段の問題だけでなくコネや立場なしでは手に入れられるものではない。
魔銃を弄る手を止めないまま、ヴァンは横目でギルを見てニヤリと笑みを浮かべた。
「お前が信用に足るヤツだと思えたら考えてやるさ」
「頑張るッス!」
返事だけは威勢が良いが、だからこそ怪しさも拭いきれないというものだ。
ポリっとトッポを鳴らし、一度手を止めるとギルに向き直り、カウンターに肘をついてその間抜け面を睨み上げた。
「つーか、なんでお前はウチに来たの?」
「え、いやだから、兄貴に憧れてッスね‥‥」
「ンなハンパな理由が信じられるかよ。正直に言え。じゃねえと頭が無くなるぜ」
ちらりとリアに目配せすると、彼女は予想以上の反応速度で、もはや視線を向ける前から短機関銃を構えてギルの顔の中心に照準を合わせていた。ギルは大慌てで両手を上に上げて無抵抗を示す。
「さーん、にーい、いーち‥‥」
「えっ、ちょ、ちょ、待ってくださいッス!」
「リア」
放っておくと本当に引き金を引きそうな勢いのリアを鋭く制すると、つまらなそうに唇を尖らせて一時的に引き金から指を離した。
「はいはい分かってますぅ~」
全然分かっていなさそうだ。だが、射撃体勢を崩そうとはしないし、そちらを制する気はない。リアの反応速度は本物だ。ギルが攻撃的な行動に出ようとした瞬間、言葉通り頭が吹き飛ぶことになるだろう。
しかしギルは反抗的な姿勢どころか普通にビビっているだけで、先日も今日も武器を隠し持っている様子でもない。
それになにより、それは昨日も感じたことだが――瞳に邪気が無さすぎる。
良く言えば純真。悪く言えばアホっぽい。ヴァンとしては、後者を強く推したいところだった。
「ま、マジなんスよ! マジで兄貴に憧れて来たんス!」
必死に訴えるギルだが、やはり根拠が無さ過ぎて信用すべきか迷うところだ。
瞳を眇めてジッとその澄んだ眼を見つめ、小さく息を吐いてちらりとリアに視線を向ける。
「‥‥リアは「殺すべき。分かんないなら撃った方がいいよ。撃つべき」
「お前に聞いたのが間違いだったよ‥‥」
リアにかかれば撃たないという選択肢のほうが稀、というか皆無といってもいい。
「なあ、どう思う‥‥?」
唇をひん曲げながら弟たちにも意見を求めてみると、誰もがヴァン同様の微妙な表情を浮かべて顔を見合わせた。
「‥‥なんつーか、さ。根拠は全然ねえけど」
「‥‥うん、疑いきれねえ、よな」
「‥‥ああ、アホっぽいし」
「‥‥やっぱり騙せる脳があるとは思えねえ」
わりと散々な言われようだが、概ね感じていることは同じのようだ。
誰かの命が刈り取られるのが日常茶飯事で、巧妙に騙してくる人間には数知れず出会ってきた。初対面の人間は全て敵だと思っていなければ、いつその銃口が自分の額をポイントし、ナイフの刃に首をかき切られるか分かったものではないのがこの世界だ。
「‥‥もうちょい詳しく話してみろ」
とりあえず判断材料の追加を要求する。ギルは「了解ッス!」とやはり気の抜ける応答を寄越した。
「俺、元々は街のしょーもないゴロツキだったんスよ。組織ってほどのモンでもなかったんスけど、けっこー好き勝手やってたんで、まあまあ知られてたし警察とか色んなヤツらから厄介がられてたッス。でもいつからか、なーんかつまんねーなって思うようになってたッス。んで、今まで散々やらかしてきたのもあって、マトモに表では生きてけないだろうなーとは思ってたんスよ。それで兄貴の噂は前から聞いてたんで、もういっそどっぷりとコッチの世界に浸っちまおう、って思って頑張って兄貴のこと探してココまで来たッス」
――ふむ、分からん。
簡潔すぎれば納得できないが、長々と詳細に話されても逆に怪しい。そういう点ではギルの理由は適度でわざとらしさも感じられない。
「‥‥ま、今後の態度次第だな。今はまだ弟と呼ぶ気はねえ。まだウチには仮参加だと思っとけよ」
それっぽいことを言って判断を保留とするも、ギルは落胆の色を見せることもなくなぜか嬉しそうに拳を握りしめた。
「了解ッス! けど俺は兄貴と呼ばせて欲しいッス! さっきも言ったッスけど、俺マジで兄貴の憧れだけでココに来たッスから!」
「‥‥勝手にしろ」
ヴァンが呆れた息を吐き、弟の1人がギルの背中をぽんぽんと叩く。
「早速上手いこと取り入って来やがったな。その通りだ、兄貴はおだてるとすぐ機嫌よくなるからな」
ヴァンの拳がその弟の頭を襲撃し、声にならない声を上げて悶絶するのを見ながら場に笑いがもたらされた。
和やかな雰囲気が漂う中、マイカだけは相変わらずの仏頂面でヴァンの手元をジッと見つめている。