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「分かった、いいだろう。とりあえず認めてやる」
キラキラと輝く男の瞳に、さらなる光が宿った。
が、そう簡単に信じてやるほど、ヴァンという男は甘くない。
「リア」
ヴァンの呼び声に応えて、ぴったりと背中に張り付くようにしていたリアがひょこりと顔を覗かせた。その手には相変わらず重厚なアサルトライフルが握られている。サイズの合わないぶかぶかの白いパーカーはヴァンとお揃い、もといヴァンの私服である。
「もしコイツが怪しい動きをしたら、遠慮なくヤってくれ」
途端に、リアの表情と瞳が無邪気にペカーッ!と輝いた。
「おっけーですよ! 了解しましたー!」
嬉々としてアサルトライフルを構え、満面の笑みで男の額に銃口を押し付ける。
「というわけで、キミの命は私が預かることになったからね。ぜひぜひ、怪しいことしちゃっていいよ。今すぐでも」
ごりごりと銃口を額にめり込ませながら、男は引きつった笑みを浮かべる。
脅している、ワケではなく、これが彼女の平常運転である。リアの言動に呆れながらも、ヴァンは鋭い瞳で男を見下ろした。
「言っとくけど、コイツをナメない方がいいぜ。射撃の腕は尋常じゃねえからな」
「あ、はい、特徴的なんで、姉さんのことも知ってる、っていうか、分かったッス‥‥」
ヴァンは「ハァ?」とわずかに険を込めた声を漏らす。自分だけならまだしも、リアをも知っているとなると男に対する疑念が再び沸き起こる。
「姉さん、〝トリガーハッピー〟さんッスよね‥‥。おウワサはかねがね‥‥」
謎めいた男の言葉にリアはにっこりと微笑んで――引き金を引いた。
腕が反動で跳ね上がり、瞬間的に銃口を逸らした弾丸は男のこめかみの真横の壁を撃ち抜いた。跳ねた銃身がヴァンの髪を揺らし、わずかに灯った熱が頬を焦がす。
一瞬静まり返った室内に、薬莢が床を打つ小さな音が響いた。その音に反応するように、リアの全身がぞくぞくと歓喜に打ち震えている。
その行動が必ずしも怒りによって引き起こされるものではないことを、この場の誰もが知っていた。
「んふー、大正解」
満足そうなリアに、男は引きつった笑みで「あ、あざッス‥‥」と冷や汗を流す。
もはや日常的なリアの行動にさほど動揺はないが、そんなことよりとっても理解に苦しむ点がひとつ。
「ちょっと待て、なんだそのワケの分からん名前は」
リアはきょとんと振り向いて、トントンと自らのこめかみを指で叩いた。言いたいことは分かるが、そういう時は鼻先か胸元くらいを指すものじゃないだろうか。
再び、ちらりと弟たちを振り返る。再び、呆れた顔の返事を頂戴した。
「‥‥マジ?」
「ンなことも知らないのかよ兄貴‥‥」
「もう少しイロイロと自覚持ってくれよ‥‥」
ため息と共に吐き出され、唇をひん曲げてリアに視線を戻す。リアはライフルを揺らしながら嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「私もユーメージンだからねー」
「そッスね‥‥。ある意味、ヴァンさんより有名かもッス‥‥」
名を売るつもりはないが、自分より上だと言われると謎の敗北感がある。そりゃ、リアは美人なうえに見ての通りの鉛色の脳ミソをしている。嫌でも目立つだろうというのは頷けるが。
「てか、なんだよその名前。なんつーか、ちょっと‥‥カッコ良くね?」
僻み丸出しでリアを見やると、無駄に嬉しそうにピースを向けて来やがった。なんか悔しい。
「‥‥おいお前、オレはッ! オレにはねえのかよ、そういう二つ名的なヤツ!」
先程まで目立ちたくないと言っていた態度を全力で翻して男に詰め寄ると、男はもぞりと身をよじって力強くヴァンを見上げた。
「もちろんあるッス! 俺はその名前を聞いて来たんスよ! みんなの兄貴、〝ビッグブラザー〟! 誰もが認める超絶カリスマッス!」
真偽を確かめるべくちらりと振り返る。弟たちもうんうんと頷いていた。
「ほぉ‥‥ま、どうでもいいけどな。下手に知名度が上がると面倒だしよ」
「兄ちゃん嬉しそう」
「うっせえ」
顔を覗き込んでくるリアの頬をむにむにと圧迫して、男に背を向ける。
「じゃ、とりあえず解放してやれ。あとのことはお前らに任せる。色々ウチのこと教えてやりな。それで、もしクズだと思ったら遠慮なく叩きだせ」
「ちょ、ま、待ってください‥‥あ、兄貴!」
縛られたまま立ち上がろうとして、再びすっ転ぶ。怪我だらけの顔をしたたかに床に打ち付け、動けないまま悶絶する。
すかさずリアが男に銃口を向け「動いたら死ぬからね」という言葉と同時に発砲した。
早速男を殺そうとした、ワケではなく。
銃弾は正確に縛っていた縄を射抜き、男は手足の自由を得る。が、予期せぬ解放と発砲に、べちゃりと床に這いつくばるようにして倒れ伏したまま硬直していた。
満足そうなリアだが、ヴァンは深いため息を吐いて無駄な発砲を繰り返すリアの頭をわしゃわしゃと掻きまわす。しかしリアは逃れようとせず、なぜか嬉しそうにそれを受け入れていた。
「だから、ウチで実弾撃つなっつってんだろ」
「えー、一発くらい別にいいでしょー。兄ちゃんのケチ」
「そーいう問題じゃねーっての」
「あ、あのッ!」
再び足を踏み出そうとしたヴァンに向かって、ようやく立ち上がった男が姿勢を正して向き直る。全身ボロボロのせいで、その立ち姿はどうにも力ない。
そうして立ち上がって、初めてその男の全身像を視界に収めた。全身の流血の赤とは違う燃えるように赤い髪の毛は、ワイルドに見えるよう逆立てられているようだが今ばかりはどうしようもなくボサボサに乱れている。黒い瞳は吊り上がり気味だが大きくつぶらで、表情の明るさも相まって人懐っこさを感じさせた。背丈はそれなりにあるようで、振り返ったヴァンよりわずかに目線が高いのが気に入らない。
「俺、ギルっていいまス! みなさん以上にヴァンさんのために頑張らせていただく心意気ッス! どうぞ、よろしくお願いしまッス!」
赤髪の男、ギルは勢いよく頭を下げ、血が足りないせいでふらふらと倒れそうになる。
ヴァンはギルを睨みつつ、ポケットから細長い袋を取り出す。がさ、と音を立てるソレの中から棒菓子、トッポを口に咥え直した。
「オレだけのために頑張ってるヤツなんてココにゃいねえよ。兄弟全員のためだ。ウチに来たなら、それを忘れんじゃねえ」
言い捨てて、再びギルに背を向けた。
その背中に畏敬の眼差しを向ける弟たち――は、ギル以外おらず。
「‥‥とかカッコつけておいて、兄貴って結局妹にだけクソ甘いんだよな」
無言のまま、ゲンコツが呟いた弟の脳天に振り下ろされた。