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「で、何してたの?」
マイカと共に朝食を終えると、ヴァンはめんどくさそうな態度を隠す気もないまま、先程怪しい男の引きずられていった奥の部屋に足を向けた。
「ああ、兄貴。今朝気付いたらさ、こいつがウチに入り込んで来ててさ‥‥」
戸惑う弟に眉をしかめながら、手足を縛り上げられ傷だらけになっている男を見下ろす。その男は床に座り込んで壁に背を預け、ぐったりと俯いている。
「おい、生きてるか? ユーは何しにオレん家へ?」
口調はおどけていても笑みを浮かべることはなく、爪先でアゴを持ち上げ顔を上げさせる。やや虚ろになった黒い瞳が虚空を捉え、ぼんやりとした瞳を不安定に揺らす。やがて少しずつその眼に光が戻り始めたかと思うと、ようやくその中にヴァンが映り込んだ。
途端、男は激しく身じろぎするが、縛られて動けないせいで盛大に床に顔を打ち付ける。
ヴァンは一歩身を引いて、男に銀色に光る拳銃の銃口を向けた。男はそれに怯むことなく顔を上げて真っすぐにヴァンに視線を向け――
「あなたがヴァンさん、ッスよね!」
男の様子に、ヴァンはわずかに動揺した。その男が浮かべたのは敵が向けて来るとは思えない――あまりにも明るい笑顔だったから。
しかし態度には出さないように、瞳を眇めて無言で男を見下ろす。
「さあ、どうだと思う?」
ヴァンは警戒を解くことなく、銃を突きつけたまま冷たく答えた。友好的に見せて油断を誘うなど、今も昔も使われ続ける定番すぎる手段だ。
だが男はあちこちから血を流しながらも怒りや苛立ちを滲ませることはなく、笑顔を継続してそう言った。
「いや、間違いねえッス! ぜってーアンタがウワサの兄貴ッス! キラキラの金髪にギラギラの赤い瞳にバリバリの吊り目! そしてその口に咥えた菓子とキョーレツなカリスマオーラ! ぜってー間違いねえッス!」
ヴァンは眉をしかめて男を見下ろし、銃を下ろす。再び一歩男に近づいて――思い切り頭を踏みつけた。男は潰れた呻き声を漏らし、弟たちからは感嘆の息が漏れる。
「お前、どっから来た? どこでオレの話聞いた? 吐くまで嬲り続けるけど、正直に言えばすぐに殺してやるから安心しろ」
裏社会に身を投じている以上、下手に自分の情報が洩れるのをヴァンは好ましく思わない。有名になれば自然と広まってしまうものだが、極力目立つ行動は避けていたはずだ。
「ち、ちげーッス‥‥。お、俺、なんつーか、まだコッチの世界に入れてねーような新参で、どこのモンとかじゃねッス‥‥。だけど、ヴァンさんのウワサだけは聞いてて‥‥。だってアンタ、この界隈じゃ超有名ッスよ‥‥」
ちらりと弟たちを振り返る。そこには訝しそうに男を見下ろす仲間たち――ではなく、苦笑やら困り顔を浮かべる野郎どもの姿が。
「いやいや、当然だろ‥‥。兄貴、自分がどんだけ有名だと思ってんのさ‥‥」
「そいつの話がマジかは知らねえけど、中途半端なゴロツキでも知ってる可能性は十分あるってレベルだぜ、兄貴はさ‥‥」
「だって兄貴、今まで十分派手なことしてきたじゃねーか‥‥」
ヴァンはしかめっ面を浮かべて、倒れる男の頭を八つ当たり気味に蹴り飛ばした。
「‥‥派手なことしてるヤツの相手したこともあるってるだけだよ」
ガリガリと頭をかいて、再び倒れる男を見下ろす。
「で、その無所属野郎がオレになんの用だ。オレの首取ってどこに行くつもりだ?」
しかし男はぶんぶんと首を振って、怪我の痛みに顔をしかめた。
「‥‥だ、だからちげーッス! 俺、ヴァンさんのこと超絶ソンケーしてんスよ! だから、アンタの仲間にして欲しいんス! いや、部下でも、子分でも、なんでもいいッス! むしろ、どっかのリーダーの首取ってアンタに捧げたいくらいなんス!」
勢い込んで言い募る男に、ヴァンは警戒を解かずとも緊迫感を保てない視線を向けた。
どうにも、男の置かれている状況とその表情の活きの良さがちぐはぐすぎて、どう反応していいのか分からなくなってしまう。
隣に立つ弟に視線を向けると、多分自分も今同じような表情を浮かべているのだろうという、何とも言えない表情を返された。
「‥‥うん、さっきからこう言ってて、ぶん殴っても全然抵抗してこねえからさ」
「つーか、なんで忍び込んできてたの?」
「いや忍び込んだっていうか、フツーの店と勘違いしたって‥‥」
「あー‥‥」
これだけボロボロにされておきながら反撃しようとする気配は感じられない。一人で乗り込んできたというのも不可解で、殴り込みにしてはあまりにも無謀が過ぎる。男の行動と言葉は一応矛盾していない。
「‥‥んー、どう思う?」
「‥‥分かんねーけど、目が超キラキラしてる」
「あと、人を騙せるほど賢そうにも見えねえ」
「‥‥だよな」
信じるに足るかは微妙だが、疑う気が失せそうになるのは確かだった。
とりあえず殺しておけば間違いないのだろうが、疑問を解消しないままでいるのは気持ち悪い。なによりよく分からないから殺すなど、自分たちはそこまで無法者だとは思っていない。
不明な点は多々あれど、悩んだのは一瞬。人の上に立つ以上、決断力は自然と磨かれてゆくものだ。
「分かった、いいだろう。とりあえず認めてやる」
キラキラと輝く男の瞳に、さらなる光が宿った。