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生き別れの妹

作者: 村崎羯諦

「すいません。ここらへんを一軒ずつ訪ねて回っているんですけど……ひょっとしてあなたは私の生き別れたお兄ちゃんじゃないですか?」


 玄関のドアを開けると、そこにはクーラーボックスを肩がけした女の子が立っていて、彼女は「初めまして」と簡単な挨拶をした後に、こう聞いてきた。


「心当たりもないし、違うと思うな」

「うーん、さすがにそうですよね……。そもそも私って一人っ子だし、別にそういうことが昔あったわけじゃないから。でも、人生って何が起こるかわからないってよく言うし、ひょっとしてたらってことがあるじゃないですか。だから、ちょっと試しに私の父に会ってくれません?」


 彼女がクーラーボックスを地面に置き、蓋を開ける。僕は中を覗き込む。そして、その中にちょこんと入れられていたニンテンドースイッチを見た瞬間、僕は驚きのあまり言葉を失った。


「父さん……」


 女の子がふうっとため息をつく。


「会った瞬間、どこか似てるなって思ってたの。特に目元とかお父さんそっくり」


 それから彼女はニンテンドースイッチを手に持ち、僕の目の前に掲げる。そして、コホンと咳払いをした後で、口をすぼめながら裏声でこう言った。


「『オイ、陽太! 見ないうちに随分と大きくなったな!』」


 押し寄せる感動。自分の名前が陽太ではないとかそういうことは小さな問題だった。僕はどうしようもなく感動していた。そして、僕の父さんが女の子のお父さんであるということはつまり、僕たちは血のつながった兄妹だということを意味していた。


「お兄ちゃん……」

「妹……」


 お互いに照れながら僕たちはそう呼び合った。「中に入りなよ」と僕は妹を自分の家へと招き入れる。僕は妹をリビングの椅子に座らせ、台所に向かった。引き出しからお椀を取り出し、そこに並々と水道水を注ぎ入れ、それをリビングで待っていた妹の前に置く。


「外は寒かっただろ? 昨日の残り物だけど、カレーライスでも食べな」

「ありがとうお兄ちゃん。でも、スプーンがないわ」

「おおっと! こりゃ失敬したでござる!」


 僕たちの後ろを伊賀忍者が通り抜けていく。そのタイミングで家の照明が突然切れ、あたりが暗くなる。しばらくすると再び照明がついて、先程までは何もなかった机の上に、立派なバースデーケーキが置かれていた。


「お誕生日おめでとう」

「僕の誕生日は三ヶ月後なんだけど」

「一年を長い一日と考えれば、今日がお兄ちゃんの誕生日よ」

「なるほど」

「ハッピーバースデー、トーマス」

「ちょっと待て! そういえば僕はトーマスじゃないぞ!」

「嘘!? 私もトーマスじゃないわ!! じゃあ、本物のトーマスはどこにいるの!?」


 僕と妹はトーマスを探しにフロリダに向かった。だけど、時既に遅し。トーマスは不治の病に侵され、痩せ細った身体で病院のベッドに横たわっていた。


「ああ、トーマス! あれだけ優しかったあなたがこんなことになるなんて、神様は一体どこで何をしているというの? だけどそんなことより、最期にトーマスの一発ギャグが見てみたいわ」


 僕と妹は互いの顔を見合わせて、頷き合う。


「トーマスの!」

「それ!」

「一発ギャグが!! 見てみたい!!!」

「それ!!」

「「そーれ、そーれ、それ!! そーれ、そーれ、それ!!」」


 トーマスは死んだ。僕と妹は泣いた。なぜならトーマスは死ぬにはあまりにも若かったから。


「ずっと言えなかったけど、私たちのお父さんはタコ飯で、私たちのお母さんはタコライスなの」

「ということはつまり……」

「そう、私たちの両親は国際結婚。そして、私たちは日本人とメキシコ人のハーフということ」

「トーマスは?」

「トーマス? トーマスは死んだわ」

「ああ、そうだった。忘れてたよ。とても悲しい気分だ」

「御用でござる! 御用でござる!!」


 僕たちの後ろを甲賀忍者が通り抜ける。


「トーマスが死んだ今、これからは僕がトーマスとして生きていこうと思う」

「じゃあ、私はスティーブンになるわ。そうすればきっと天国にいる二人も喜んでくれるから」

「でも、自信がないな」

「シュミレーションをしましょう。私が今からスティーブンとして電話をかけるから、お兄ちゃんはトーマスとしてきちんと応対してちょうだい」

「わかった」

「プルプルプル、ガチャ。はーい、ごきげんよう、マイケル」

「はい、ジェーン。どうしたんだい、こんな夜中に電話をかけてくるなんて」

「ねぇ、聞いてよ。トンプブラべチーノ星のパジャマパーティが開催されなかったから、アメリカ軍とロシア軍が原子融合して、私の飼っている猫が毒を盛られて殺されたせいで、私は夜食に脂っこい中華フードと焼きたてのシナモンパイを食べようと思ってるの」


 ちょっとごめんと妹はゴホッゴホッと咳き込んだ後、言葉を続ける。


「ねえ、どう思う?」


 僕は答える。


「難しいことはよくわからないけど、あまり食べ合わせはよくないんじゃないかな?」

「このオタンコナス!!」


 ガチャリと妹が電話を切る。僕は受話器を元に戻して、リビングから隣の和室へと移動する。和室の奥の仏壇には骨壺が置かれていて、横には白眼を向いてダブルピースをしたトーマスの遺影が飾られていた。


 妹は仏壇に手を合わせ、さめざめと泣いていた。チーンと鈴の音が部屋の中に響く。それから妹はこちらへ振り返り、真っ赤に腫らした目で僕を見つめる。


「トーマスが死んでもう一年。月日は経ったというのに私たちの心の傷は癒えないまま。未練たらしいと思われちゃうかもしれないけど、お兄ちゃんに内緒でこんなものを作ったの」


 妹は立ち上がり、トーマスの骨壺に手を突っ込む。そして、中から何か人形のようなものを取り出した。


「これはね、トーマスの1/9スケールフィギュア。トーマスと同じ身体と顔に作ってもらったの」


 妹がフィギュアについた遺灰を手で払いながら教えてくれる。


「ガシャーン!」


 妹がトーマスフィギュアの肩の関節を回し、右腕を上にあげる。


「ガシャーン!」


 妹がトーマスフィギュアの肩の関節を回し、左腕を上にあげる。


「プシューーーーー」


 妹は両腕を上げたポーズのトーマス人形を手でつかみ、ゆっくりと空中を飛び回らせる。


「いくらしたの?」

「完全オーダーメイドで6800円」

「んー、妥当な値段!!」


 そのタイミングで世界が暗転し、気がつけば僕たちは地球ではなく水星にいた。水星ではあらゆるものがうっすらと水色に光り輝いていて、大気中では砂のように細かな光がチカチカと瞬いていた。


「ずっと思ってたの。私達は地球で生まれ育ってきたけど、ひょっとしたら宇宙のどこかに私たちの生き別れのお兄ちゃんがいるのかもしれないって」

「よく聞こえない!」

「ずっと思ってたの! 私達は地球で生まれ育ってきたけど、ひょっとしたら宇宙のどこかに私たちの生き別れのお兄ちゃんがいるのかもしれないって!!」

「いるでござる! きっといるでござるよ!」


 水星に忍者はいないから今のは幻聴。


「私があの時玄関のチャイムを鳴らしていなければ、私たちはずっと見ず知らずの他人のまま。互いを知らないまま毎日を過ごして、そして別々の場所で死んでいく。それってナンセンスだと思わない?」

「でもさ、そんな都合よく生き別れの兄が見つかるとは思えないな」

「人生には何が起こるかわからない。そうでしょ?」


 僕と妹は頷きあい、水星らしく水色に着色されたマンションの中へと入っていく。そして僕たちは一番手前にあった部屋の前で立ち止まる。妹は深く息を吸い込んだ後、玄関のチャイムを鳴らした。玄関のドアがゆっくりと開く。そして、中から姿を現した水色の水星人に向かって、妹はこう尋ねる。


「すいません。ここらへんを一軒ずつ訪ねて回っているんですけど……ひょっとしてあなたは私たちの生き別れたお兄ちゃんじゃないですか?」

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