第二話 『剣士』
まさかの三つ目!!
「ルシウス様、一体その本は何ですか?」
自室に戻ると部屋の前にシスリアが待っていてそんな事を聞いてくる。
俺が今持っているのはこの国の地形学の本だ。
「書庫で借りてきたんだよ。寝る時間まで読もうと思って。」
そう答えると押し扉を押して自室に入る。
うん、やっぱ広すぎだろこの部屋・・・。
俺は着ていた軽装をとき、寝間着に着替える。
そして静かに大きすぎるベッドに入ると、借りてきた本を開いた。
気付くとシスリアが紅茶をベッドサイドテーブルまで運んできてくれており、彼女に礼を言いながら紅茶を口にする。
うん、旨い。
その日俺が就寝したのは10時半過ぎで、いろいろあって疲れていたのかなと自分でも思った。
翌日、目を覚ますと既にシスリアが扉の所に立っていておはようございますと挨拶してくれた。
俺は軽くおはようと返すと、まだ開け辛い目をこすりながら自室の隣にある洗面台に顔を洗いに行った。
そこも洗面するだけの場所のはずなのにかなり広かった。
部屋に戻ってくると、シスリアが身支度を手伝ってくれる。
金に縁取られた襟付きの黒いシャツは金のボタンが二列にいくつも連なって付いて、袖は七部ほどの長さになり、袖が折られているようなデザインだ。
ズボンも同じく黒で外側に金のラインが入っていた。
堅苦しそうなのにさほど動きにくさも感じられなかった。
髪の毛はシスリアが整えてくれ、父、母と朝食を取った後で今日の俺の予定を確認してくれた。
「本日は朝八時から十時までバイオリンの稽古、午後十四時から十七時まで剣の稽古が入っております。」
バイオリンと剣ね。
・・・ん!?剣!?
バイオリンはルシウスの得意とするものだからいいとして、剣!?え、頼んだの昨日だよね!?
「・・・シスリア、もう剣の稽古が入ってるのか・・・?」
「はい。本日十四時より、帝国騎士団とともに剣の稽古が入っております。どうやら旦那様が掛け合ったらしく、騎士団とともになら良いと言うことで許可が出たそうです。」
え、えぇ~~~~・・・、だって俺剣初心者じゃん・・・、剣なんて使い慣れてる帝国騎士団とやって足手まといにならないわけないじゃん・・・。
「ちなみに、騎士団の方々は毎日朝から晩まで訓練をしており、剣の稽古は毎日三時間ほどだそうです。毎日時間が違うそうなのでその都度こちらで調節という形を――」
「待てシスリア・・・。え、何、俺毎日剣の稽古すんの?三時間も・・・。」
「はい。そちらの方が強くなるのが早いと旦那様はおっしゃっていました。」
三時間・・・。まぁ、何にせよ自分で決めたことだ。
弱音なんぞはけない。決まってしまったもんは仕方ない。やってやるか。
バイオリンの稽古はルシウスが得意としていたこともあって、何か習うと言うよりは自分で自由にアレンジして好きに弾くと言う形だった。
こりゃ楽しいわ。蓄積されていたからかすっごい簡単だし。
で、午後。
帝国騎士団の剣の稽古は皇宮にある闘技場で行われる。
家から皇宮までは馬車で三〇分。
十三時半前に家を出て馬車に揺られて皇宮に向かった。
皇宮まで来ると俺は馬車を降り、一人でまっすぐ正門をくぐった。
門番に身分を示し、そのまま闘技場へ向かう。
皇宮を通り過ぎてすぐ見える大きな建物が闘技場だ。
横開き戸で覆われた小学校の体育館のようなその建物の大きさは何千人もで宴会ができるんじゃないかと思えるほどに大きかった。
鍵が閉まっていて騎士団の方々はまだ来ていないようだった。
時間を確認するとどうやら一〇分ほど早く着いてしまったようだ。
一人で待っているのも暇なので少し敷地内を探索することにした。
皇族の敷地本当に広くて一〇分程度では見切れないほどだった。
俺ん家の敷地の何倍だ、こりゃ・・・。
そんなこんなで、約束の時間まで残り五分ほどとなったため闘技場の方へ足を勧めた。
勧めたのだが。
「――うっ・・・ゲホッ、ゲホッ・・・――」
どこからかそんな苦しそうな声が聞こえてきたもので。
俺はそれを放っておけるほど冷たいヤツじゃないので。
時間なんて忘れて声の元に向かう。
そこにいたのは、今の俺と同じぐらいの黒い髪をした男の子だった。
周りに召使いを一人も連れていない・・・。
何かおかしいと思った俺は急いで駆け寄って声をかけた。
「大丈夫ですか!?」
その時はそいつが誰なのか、全く気にする暇もなかった。
「・・・っ!?――お前は・・・」
驚いているようだったがお構いなしだ。
俺は彼の腕を自分の肩に乗せて腰を抱き、引きずるような形で皇宮前に来て、誰かいないかと叫ぶ。呆気にとられている黒髪少年に気付くこともなく。
誰かが坊ちゃまぁ!!と叫んで走ってきたので俺は彼を壁にもたれさせ座るように誘導してから闘技場の方へ戻った。
それから、怒られるかと思いながら、開いている横引き戸をノックする。
中から出て来たのは四十代ほどのがたいのいいおじさんだった。
騎士団長は有名のため、彼でないことは一目瞭然だったが、そのがたいから、立場の高い人だと察する。
怒られることを覚悟していた俺は怒声が浴びせられると思い思いっきり目をつぶった。
だが、そこにかけられた言葉は予想を遙か超えるものだった。
「誰だ、おめぇ?ここはガキの来る所じゃねぇぞ。」
はて。父さんは話を通したんだよな?
そこで俺はある可能性を考える。
それは、この大男が騎士団の中でもあまり地位が高くなくて俺が来るという情報を伝えられていない可能性だ。
「あの・・・団長様なら私のこと分かると思うんですが・・・。」
そう言うと彼はいぶかしげな顔をしてこう答えた。
「なんだい?副団長の俺じゃ不満だって言いたいのかい?ガキの分際でふざけたこと抜かしやがる。残念ながら団長は今出てんだ、他を当たれ。」
そう言って彼は扉を閉めようとする。
えぇ・・・、父さんマジで伝えたんだよね?
副団長が把握してないってどういうことなん・・・。
頭を抱えていると後ろから声が聞こえてきた。
「なにしてんの、君。」
振り返ると、そこにいたのは金の髪を後ろで結い、水色の瞳を持ったイケメンがいた。
だれあろう、騎士団長である。
俺は剣を教えて貰えると期待を込めた目で彼を見た。
「あの!今日からここで剣を教えていただく・・・」
「え?剣を教える?馬鹿いえ、教えるんじゃない。場所を貸してやるって言っただけだ。」
俺の言葉に団長は応える。
え?教えてくんないの!?見て学べってやつ!?
と・・・父さん・・・。
しかしここで文句を言って場所を貸して貰えなくなるのはもっと困る。
俺は急いで言った台詞を言い直した。
「・・・今日からこちらの場所を使わせていただくルシウス・リトルブルグです。よろしくお願い・・・――」
「挨拶とかいいから。さっさと入ってくれる?邪魔なんだよそこ。」
俺の挨拶を聞き入れようともせず、覚めた目でそう冷たく言い放つ騎士団長。
え・・・ガキに厳しすぎません・・・?まぁ、俺はガキじゃないんで別に平気なんですけど・・・。
俺は彼に言われたとおり中に入る。
そうだ、木刀貸して貰わなきゃだよな・・・?
貸して貰えない可能性を覚悟しつつ、騎士団長に掛け合おうと、少し離れたところで一人剣を振るう彼の元へ行った。
が、俺は彼に声をかけることができなかった。
何故か。
それは俺が、精練された剣の動きと彼の真剣な表情から目が離せなくなったからだ。
彼の素振りは一つ一つが本気でかなり素早かった。
でも、雑さは感じられない。
一言で言えば、綺麗だった。
そして、彼に声をかけて、この〝綺麗〟が止まってしまうのが惜しかった。
気付くと俺は剣を持っていないにも関わらず、見よう見まねで手を動かしていた。
周りが俺をどんな目で見ていようが知ったこっちゃない。
今すぐ剣が手元に欲しくなった。
だから俺はその日、来て数十分で挨拶も無しに家に歩いて帰った。馬車、帰っちゃったもんなぁ・・・。
幸いにも襲われることもなかったが。
・・・大変だろうけど、明日から馬車待たせとこ・・・。
家に着き次第俺は自室で仕事をしている父親の部屋を訪れ、剣を貸してくれるようせがんだ。
彼は今日たまたま自宅で仕事をする日で、困ったように笑いながら、「仕事中だぞ?」と言いつつ剣を渡してくれた。
俺はすぐさま無駄に広い庭に出ると剣を振るった。
あーでもない、こーでもないと模索しながら素振りを続ける。
頭から離れない騎士団長の素振りを思い浮かべながら彼のようにどうしたらできるか考え抜いた。
まぁ、今日から剣を始めたようなアマチュアが騎士団長のようになどおこがましいしできるわけもないのだが。
それでも、俺が今できる最大限の力が出せるように何時間も剣を振るい続けた。
重心が少しでもぶれれば上手く振れない、向きが少し傾けば上手く振れない。
軽く剣を振るっただけで完璧な、美しい剣にできるようにしたい。
その一心で、できるようになった自分を想像するだけでいくらでも剣を振り続けることができた。
結局その日、俺は寝るまで剣のことを考え続けた。
ご飯を食べてからも剣を振り、風呂に入ってからも剣の振り方について紙に書き出し、頭を整理した。