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死んでくれてありがとう

死んでくれてありがとうわたくしの愛しい王よ

 大国の国王にはたいそう美しい愛人がいました。

 小麦色の健康そうな肌に腰まである豊かな黒髪、神秘的な紫の瞳を持つ世界でも指折りの美女でした。


 王自身もそれなりに見目麗しく、白い肌に珍しい金髪、宝石をはめ込んだような青い瞳を持つ男でした。


 もちろん王には国一番の美女と謳われた王妃がいましたが王は王妃に見向きもせずに愛人に夢中でした。


 愛人は王にささやきました。


「わたくしの愛しい王よ。わたくしは心配なのです」


 王が愛しい女に答えます。


「余の最も愛しい女、我が国の寵姫よ。この世界一の大国で何が心配だというのか?」


 愛人は悲しげな顔をして口を開いた。


「王よ。城下で怪しい噂を耳にしました。あの宰相閣下と将軍閣下が共謀して王位の簒奪を狙うというのです」


 王は驚きました。


「まさかそんなはずはない?! 2人は余とこの国に忠誠を尽くしてくれている忠臣だ!」


 愛人は王を真っ直ぐに見つめて言いました。


「王よ。もちろんわたくしもそう思いますわ。だからお調べくださいまし。偽りだというのなら王との仲を引き裂こうとしているに違いありません! そのような噂を流している者たちを罰するべきですわ」



 王はすぐに信用できる部下に噂のことを調べさせました。

 ですが出てきたのは、宰相と将軍が本当に計画を立てているという証拠でした。

 王は激怒し、宰相と将軍の一族郎党処刑してしまいました。


 宰相と将軍が処刑される時、愛人が近づいて死にゆく彼らに微笑み、彼ら以外に聞こえぬようにささやきます。


「死ななければならないのは無実のあなた方のせいじゃないのよ。強いて言えばあなた方のご先祖のせいかしら」


 次の瞬間、王のほうに振り向いた愛人はポロポロと涙を流していました。


「王よ。逆賊だとしても彼らの一族は長く国に仕え功績をあげました。国のためにあまたの他国を征服し、利益としました。子孫のせいで名誉が穢されるのはなんと悲しきことでしょうか」


 愛人の優しさに王はますます彼女に溺れるようになりました。



 宰相と将軍が処刑されてから太陽が片手で数えられるほどすぎた夜でした。

 王妃の部屋から持ち出した酒に毒を混ぜて愛人は王に飲ませました。


 事切れる直前に微笑む愛人に向かって王は毒で焼かれた喉をなんとか震わせながら聞きます。


「なぜだ?」


「あなたは自らの生まれた国を愛さないのでしょうか? わたくしは島国の最後の直系皇女なのですよ」


 王は目を見開いて愛人を見た。


「……戦犯の…………皇女?」


 自分の二つ名を肯定するように愛人はゆっくりと頷いた。


「王よ。あなたが馬鹿で助かりましたわ。この紫の瞳は皇家特有のものですもの。宰相と将軍にバレかけて危ないところでしたわ。ふふ彼らの一族によって負わされた我が国の損害がどれほどであることか。憎い一族をまとめて始末できたので結果は良かったですけれど」


 愛人は饒舌に語った。


「本当に愚かね。夜に薬を嗅がせて別の女に相手をさせていたおかげでわたくしの身も清いまま……。憎い敵にこの美しい身体を触れられるなど虫唾が走るわ」


 開いたままの王の瞳を手のひらで閉じさせ、薄い唇に口づけを落とす。


「ふふふ、死んでくれてありがとうわたくしの憎き王よ」


 一粒涙が頰を滑り落ちました。

 愛人は用意しておいた薬を酒に入れて一気にあおった。



 *****



 世界にはあまたの国が日々争いをくり返し、そのたびに目まぐるしく境界線と国名が変わる。

 ついに国々は大陸を越え、海を越えて争いを始めた。

 俗に言う「世界大戦」である。

 戦争には始まりも終わりも勝ち負けももちろんあるがどのような戦いでもきまりきっていることは「勝者が正しい」ということだ。

 どれだけ卑劣なことをしていてもどれだけ罪のない民を虐殺していたとしても後に正しいと語り継がれるのは戦勝国のみである。


 大陸と大陸のあいだに小さな島国があった。

 自然の豊かなその島国は世界一長く血を継ぐ皇家が治め、とても勤勉な民族が忠誠心と誇りを持って世界一と呼ばれる文化を受け継いでいた。

 その反対に島国は他のどの国よりも災害が多く、また物資が少なかった。


 二度目の「世界大戦」が起こった。

 東の大陸にある最も大きな大国は、西の大陸に進軍する拠点が必要とした。

 大国の当時の国王が目を付けたのはちょうど大陸同士にはさまれた島国だった。


 大国の国王はさっそく島国に輸出していた物資を止めた。

 島国は大国に抗議した。

 島国は大国以外の国からも物資を手に入れようとしたが「世界大戦」のせいでどこの国にも他国に渡す余裕はなかった。

 抗議が聞き入れられることはなく、島国は物資を手に入れるために大国と戦争しなければならないところまで追い詰められてしまった。


 大国と島国の戦争が始まった。

 大国には物資と人口、武器ほとんど全てにおいて島国を上回っていた。

 島国は抗った、島国が大国に勝っていたのは国に忠誠を尽くす国民とその国民がもたらす技術だけ。

 物資も人も武器になる鉄さえも何もかも島国には足りなかった。

 何年も何年も島国は抗った。

 次第に国民は痩せ細り、大人の男は国土から消え去り、大国は非力な女子供、老人までも虐殺した。

 島国は最後の最後に白旗をあげた。

 島国に残ったのは焼けた国土とわずかな民のみだった。


 大国は小さな島国くらい簡単に踏み潰してさっさと植民地にしてしまうつもりだった。

 島国の数年にも及ぶ抵抗は予想外でしかなく、その抵抗の間に「世界大戦」は終結をむかえてしまい拠点にする意味がなくなってしまった。

 しかたがなく大国は植民地にするのではなく島国に残ったわずかな民を自分たちの都合良く洗脳することにした。

 元はとても勤勉な民族である、実力差のある大国に何年も抵抗できたのは島国の民がその差を技術力で補っていたところもあったからだった。


 数十年の時がたった大国と島国は友好な関係を築いている。

 島国はあの戦争から武器を持つことをやめました。

 武器を作ることも開発することもしません。

 圧倒的な実力差をもひっくり返す可能性のある武器を島国が開発することを大国は恐れたのです。

 だから大国は「二度と戦争をしないために」「平和のために」というもっともらしい理由で島国に武器を作ることをやめさせたのです。

 島国の民の教科書には戦勝国たる大国の都合の良いことしか書かれていないもので誰もそれに疑問を持とうとしなかった。

 島国の民は大国に憧れを抱き、皆戦争の原因は島国の傲慢のせいだと思っていた。

 理由はこうである「小さな小さな島国が身の程もわきまえず領土が欲しいがために人も物資も武器もなにもかも差がありすぎる大国に戦いを挑んだ結果、あっけなく戦争に負けてしまった」と。

 だから島国の民は言うのだ「戦争を起こした国が悪い」「大国に戦争を仕掛けるなんて負けることがわかりきっているのに当時の人たちは馬鹿だ」と。

 誰もこのことを否定することはありません。

 だって戦勝国たる大国の洗脳が成功しただけなのですから。

 島国は今でも大国の言いなりなのですから。


 大国に戦争を仕掛けてまで守ろうとした島国の民の誇りはもう誰の胸にも残っていません。

 島国を守る国民はもう誰もいないのです。

 いなくなったはずでした。



 *****



 戦争をするくらいならば愛すべきこの国を失っても良いのか。

 この国の国土を失っても良いのか。

 この国の文化を失っても良いのか。

 この国の言語を失っても良いのか。


 わたくしはただ自らの生まれた国でこの国だけの言語を話し、文化を慈しみ、国土を踏みしめて生きたかった。


 なのになぜ戦犯だと罵られなければならぬのか。


 愛国は罪か。

 他国では愛国者だと褒められる行為がこの国では戦争を起こそうとする行動であろうか。


 わたくしは憎かった。

 わたくしが愛す国をこの国に育まれながらもこの国を貶めようとする他国に擦りよろうとする輩が憎くてたまらなかった。


 なぜこの国だけが責められねばならぬのか。


 誰も知らない知ろうとしない真実が歴史の波にのまれ、闇に葬られたのか。


 戦争を起こしたのはこの国ではない。

 戦犯と罵られるべきは元よりこの国ではないのに。


 なぜ、なぜ、なぜ。


 だからわたくしは許さない。


 全てはこの国のために。

 だからわたくしの正義のためにあなたを殺そう。


 死んでくれてありがとうわたくしの愛しい王よ。



 *****



 大国で内乱が起こりました。

 王妃が国王とその愛人を殺したというのです。

 王妃が王に贈った酒に毒が入っていたのです。

 大国はちょうど有能だと他国にも評判だった宰相と将軍が王位の簒奪を計画したとして一族郎党処刑したところでした。

 王には子がおらず国を継ぐべき者が定められているわけではなかったのでたくさんの人々が玉座を争いました。

 その争いがなくなるころには大国の名前は地図の上から消えていました。


 大国に洗脳されていたある島国がありました。

 支配者であった大国が内乱によって亡国となり、島国の民は混乱していました。

 そんな時でした大国によって殺されたはずの紫の瞳を持つ女が現れたのです。

 大国に逆らい再び戦争を起こそうとしたとして「戦犯の皇女」と呼ばれた女でした。

 彼女は国民に担ぎ上げられ再び皇家が島国を治めることになりました。

「戦犯の皇女」は「豊穣の女皇」と呼ばれ、彼女は皇家の血を引く男を夫とし、子を産み島国は繁栄を取り戻しました。



 *****



 滅びた大国の最後の国王が最も愛した女の遺体の行方はようとして知れません。


 


愛人は王を愛していたのかもしれません。

皇女は夫と幸せになる道を選びました。

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