死の間際
「グオォォォォォ!!」
全身黒の毛並みに包まれたそいつは木々を軽々と倒しながら近づいてくる。
「!!!」
その大迫力に声にならない驚きが口から漏れる。
「おい、何してんだ!早く逃げろ!!!」
呆気にとられ動けないでいると後ろから川村に呼びかけられ、ハッと我に帰る。
ヤバい!
気づくとその熊の様な怪物はもう20メートル程まで近づいていた。
そいつを直視するだけで気絶してしまいそうだった俺はくるっと背を向けて死にたくない一心に全力で走り出した。
「・・・はぁっ、はぁっ、」
視界が霞む。
こんな時に運動しておけばよかったと後悔したところで後の祭りだ。
「クッソォォォ」
俺は残っている体力を全て使いそいつとの距離を一気に離す。
しかしそれも一瞬の内に体力が底をつき、もつれ始めた足が木の根に引っかかり転倒した。
「がっ!?」
地面と顔面が衝突し、身体中に衝撃波が広がる。
しかしその痛みさえも圧倒的な恐怖により全く感じない。
あぁ、もう終わった。
ドンドンと地響きの様な足音が近づいてくる。
死を覚悟した俺は抵抗する事を諦めて、力を抜いた。
せめて来世はチート能力が授けられる事を祈ろう。
そいつは俺の前で立ち止まると突然口を開けた。
すると何かモヤモヤしている物が口に集まり魔法陣を展開して行く。
こんな奴にも魔法が使えるのか。
まぁ、魔法適性さえあれば人間にも使いこなせる物だからな。
魔法陣はどんどん展開されて行き、
完成すると風の刃が生成された。
どうやら俺の異世界生活は風魔法による刺殺、いや、斬殺により幕を閉じるらしい。
魔法が使えない俺からしたら早死にしてしまうのも損では無いが何だか勿体無い気がする。
しかしこの状況で俺に選択肢が与えられる筈もなく、そいつは躊躇も無しに風邪の刃を放った。
スパッ、薄れて行く意識の中俺はそんな音を聞いた気がした。