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私のとなりに姫がきた  作者: さへ
第1章
25/32

なみだ

 人は楽しいと笑うし、悲しいと泣く。

 何か不満があれば怒ったりもするし、子供なら駄々をこねたりする。

 様々な感情表現のなかでもとくに、涙って1番不思議な現象だと思う。というか、それ以外は別に不思議なことなんてない。

 笑うのだって、怒るのだって、駄々をこねるのだって自分の意思で行ってることだ。


 でも泣くのは違う。

 涙って、すごい自然に、そして勝手に出てくる。

 あくびしたり、感動したり、悲しかったり。

 涙を出そうと思っても1ミリも出せる気がしないのに。


 今だって、本当は泣きたくなんてない。涙なんて流したくない。

 もっとちゃんとした言葉ではっきりと話をしたいのに、涙が出るせいでできない。

 鼻が詰まって、声も震えてしまう。

 けど心ではそう思ってるのに、涙はなかなか引っ込まない。

 無理矢理に止めようとしても、ただ嗚咽が漏れるだけで止まらない。手で涙を拭ったとしても、再び出てきて手が濡れるだけだ。


 涙って不思議だ。

 一体どんな理屈で涙は出てくるんだろう。

 こんなにも嬉しくて幸せな気持ちで満たされているのに、なんでこんなに涙は溢れてくるんだろう。


 河川敷から白崎さんの家に帰るまでの間、私たちはずっと手を繋ぎながら帰った。

 いつぶりかも分からないくらい誰かの手を握ったからというのもあるけど、白崎さんと手を繋いでいるというその事実に、私の心臓はひどくうるさくなった。


 結局、私の涙は白崎さんの家に着くギリギリ前に止まった。

 白崎さんのお母さんに色々聞かれなさそうでよかった。

 でもしばらくの間、子供のように泣きじゃくっていた姿を見られてしまった恥ずかしさから、白崎さんの顔を見れなかった。


 その後は前の同じように、適当に話したり(話すのはほとんど白崎さんだけど)、適当に勉強したり、白崎さんが始めたというゲームを私の携帯にも入れてみたり、そんな感じで時間を潰して、そして寝た。

 布団はもちろん別々だったけど。

 でも私たちの距離は、さっきまでの時間もそうだったけど、前よりずっと近くなっていて。

 いつか1つのベッドで一緒に寝たりするのかな、なんで考えた私は1人でドキドキしていた。


 まあすぐに寝てしまったんだけど。

 私は自分の寝つきの良さを有り難く思えばいいのか、それとも恨めばいいのか。

 確かに寝不足になるのは回避できたけど、でももっと白崎さんの話を聞きたかった。

 そんな、いろんな感情がありすぎてよく分からなかった。






 日曜日の昼前に、私は家に帰った。

 白崎さんも白崎さんのお母さんも、お昼ご飯を食べていけばいいのにって言ってくれたけど、お父さんと妹さんに少し悪い気がしたから遠慮した。

 白崎さんの妹さんは一回しか見たことがなく、話したことはない。お父さんの方はまだ見たことすらない。

 お昼の席にはその2人も登場するだろう。

 けどそんな2人と一緒な食事を取るなんて私には無理だ。緊張と居心地の悪さで死んでしまうだろう。

 こういうのはきっと、もっとゆっくりでいいんだよ、うん。多分。


 私と白崎さんが下校の時にいつも別れる所まで、白崎さんは見送りに来てくれた。

 その道すがらも白崎さんは手を握ってくれて、昨日のことが夢じゃないんだって、私は他人事のように考えてた。


 白崎さんはずっと何かを話してくれてたけど、自分の顔が熱いことにばかり意識がいってしまいほとんど聞けなかった。

 この白崎さんと手を繋ぐっていうことにも、いつか慣れることができる日が来るんだろうか。そんな未来、全然想像できないけど。








「おーおかえり」


「ただいまです」



 あの後は手を繋いだまま分かれ道まで着いて、まあ普通にばいばいした。

 まだもっと一緒に居たかった、なんて思ったのは内緒だ。お昼ご飯のお誘いを断っておいて、我儘すぎる。



「あー、なんだ。それで、どうだった?」


「どうだった、とは?」



 父がなんだか変な様子で変なことを訊ねてくる。こんなに挙動が変なお父さんは珍しい。



「いやさ、唯が好きな子の家に泊まったわけだろ? 何かあったのかなーとか思ったり思わなかったり……」


「ああ、そういうことですか」



 つまり、何か進展はあったのか聞きたいってことらしい。



「…………ぁい、始めましたよ」


「ん? すまん、うまく聞き取れなかったからもっかい頼む」


「だから……付き合い、始めました」


「はああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!?」



 お父さんの叫び声が響き渡った。

 今までに聞いたことないくらい、というか父の叫びなんて初めてみた。

 そんなに衝撃的だっただろうか。



「……そんなに驚くことですか?」


「いや! そりゃ驚くだろ! 娘が付き合い始めたんだぞ! しかも! 友達の女の子と! これが驚かずにいられるもんか!」


「ちょっとうるさいです……」


「あ、すまん……」



 先ほどの叫び声と大して変わらない声量で父は言った。

 でも確かに、娘がどうとかは私には分からないけど、突然付き合い始めたら驚くかもしれない。それも同性だったら、驚いて当然のことだろう。

 それに気づかないとは、まだ付き合ってるっていうしっかりとした実感が湧いてないのか、それとも付き合えたことで気持ちが浮つきすぎているのだろうか。



「で、どっちから告ったんだ? あ、でもやっぱり唯からか? あの、白崎さんだっけ? その転校生を一目見たときから、唯は好きって言ってたもんなあ」


「……昔のことはいいんです! 告白は……まあ、どちらからも、というか、よく分からないんですけど……」


「……え? それってどういう……」



 どういうと言われても、そうとしか言えない。私が白崎さんのことを好きだと言ったら、白崎さんが気持ちに応えてくれて、付き合ってみるかと言ってくれたんだ。



「好きって言ったのは私です。私が先に言いました。でも、付き合ってみるかって言ったのは白崎さんです」


「ああ、唯が白崎さんに好きって言ったんだ?」


「まあ、言ったと言いますか、言わされたといいますか……」


「またまた、それはどういう?」



 なんで今回はこんなに突っ込んでくるんだろうか。お父さんと恋バナなんて、ちょっと恥ずかしい気もするんだけど。



「……うーんと、前に白崎さんが学校を休んでたとき、私お見舞いに行ったんです。その時に、寝てる白崎さんに思わず好きって言っちゃったんです。そしたら、その時白崎さん起きてたらしくて……。それで、好きってどんな意味? って聞かれまして」


「ほーん、ほーん。白崎さんから聞いてきたんだ?」


「はい。それで、伝えたら、唯となら付き合えるから、付き合ってみるかと言われて、はいと」


「なるほどねぇ〜」



 お父さんは腕組みをしながら頷き、全てを分かってしまったかのようなそんな口ぶりで相槌をうってきた。

 前にこの人はお母さんしか好きになったことがないとか言ってたけど、そんなに分かるものなのだろうか。

 分かってるフリとは思いにくいけど。



「まあなんだ、愛想尽かされないように頑張んな。じゃ、夕飯になったら起こしてくれ」



 そう言って父は自室へと行ってしまった。


 どうして父は、去り際にあんな言葉を残すんだろう。愛想を尽かされないようにするのにどうすればいいかなんて、私には分からない。

 でも確かに、愛想を尽かされたら終わりだ。

 今は白崎さんが私のことを気にかけてくれてるからこうして話せているし、付き合うこともできた。

 もし愛想を尽かされたらもう話すこともできなくなってしまうし、私たちの関係もおしまいだ。


 しかしそもそも、尽かされるだけの愛想があるのだろうか。

 白崎さんは私と付き合えると言ってくれた。付き合ってみるかとも言ってくれた。

 でも、好きって言われたことは一度もない。

 いや、あるけどあれは、友達としての話だ。私のものとは別物だ。


 一度そう考えだすと、私のネガティブ思考は止まらなくなってしまって酷な不安になった。

 気を紛らわすために料理をしたけど全然うまくいかなくて、父にも怪訝な顔で見られてしまった。

 流石に貴方のせいだなんて言わないけど。


 私は結局、布団に入ってからも、愛想がどうとか好きがどうとか色々考えてしまった。

 悪いことを考えだすと止まらなくなってしまうのは私のダメな癖なのかもしれない。

 モヤモヤした気持ちを抱えたまま、私は寝た。







 私の心情がどんなに晴れてなくても朝日は登って私たちを照らす。

 こんなに暗い私さえも、太陽は平等に照らしてくれる。よく分からないけど泣きそうになった。


 朝ごはんを済ませて学校へ行く支度をする。

 お父さんは仕事は夕方からのため、まだ寝ている。私は静かに玄関の戸を開け、学校へと向かった。





「あ、唯! おはよー!」



 月曜日の朝。

 世間の人々は地獄の始まりだとか言って憂鬱な気分になるらしいけど、白崎さんにはそんなのなさそうだ。

 キラキラのエフェクトが見えそうなほどの可愛い笑顔で私に手を振ってくれている。


 私はそれ見ただけで、昨晩のモヤモヤとか朝の眠気だとかが一気に吹き飛ぶ。

 心が軽くなって、なんだか足取りまで軽くなった気がする。

 白崎さんってやっぱりすごいな。

 心の中でそう思った。



「……おはようございます、白崎さん」


「うん、おはよ、唯」



 そう言うと白崎さんは私の手を握ってきた。

 突然のことで、パニックになる。

 なんで白崎さんは何でもないように手を握って、こんなにも私をドキドキさせるんだろう。嬉しいんだけども。

 私は心の中で悪態をついた。



「でもこうやって手を繋げるのも少しだけだよね。学校が近くなると人も多くなっちゃうし。ちょっと残念」



 その言葉を聞いた瞬間、私は「ああ」と、心の中で理解した。

 白崎さんも白崎さんなりに、私と付き合うということを真剣に考えてくれてるんだ。

 その真剣の度合いとか、考えることの量とか、そういうのは全然私とは違うかもしれない。

 でも白崎さんが遊びじゃなくて、少しでも真剣に考えてくれてるってことに、私はなんとも言えない強い感慨のようなものを覚えて。


 意味もなく、涙が出そうになった。

 涙って不思議だ。

 出て欲しくない場面でこうやって溢れてしまいそうになる。

 私は懸命に涙を堪えながら、白崎さんの手を強く握り返した。

 すると、白崎さんも同じように握り返してくれて。

 目に一層涙がたまってしまった。

 いつから私はこんなに涙脆くなってしまったんだろう。ずっと泣いたことなんてなかったはずなのにな。


 白崎さんと付き合って初めての学校。

 いつもとなんら変わらない、いつもと同じの通学路なのに。

 目に溜まった涙のせいか、それとも付き合い始めたという心変わりのせいか。

 明確な理由は分からないけど、目に映る世界が先週のとは全く違く見えた。

 右手に感じる温もりが、今まで感じた何よりも暖かくて。これさえあれば生きていけそうだ、なんて心の中で考えていた。

不定期に更新します。


これで第一章は終わりとなります!

ここまで読んでくださりありがとうございます。まだ続くので、よければお付き合いくださりませませ。


すみませんが、次の更新は今週末となります。もう1つの作品を書き進めます。

よろしくお願いします。

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