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私のとなりに姫がきた  作者: さへ
第1章
24/32

疎通

 普段から綺麗にはしているけど、一応部屋の掃除をして、廊下やリビングの小物とかを整理して、玄関の靴をそろえて。

 お昼を食べた後、唯はうちに来ると言っていた。

 今朝は理由もなく早くに目が覚めてしまったため午前は手持ち無沙汰な時間が多かった。

 その分家の中が綺麗になったけども。


 時間が近づくにつれ妙な緊張感が増し、時計を見る回数が増えるのは仕方のないことだと思う。

 ほんの数十秒前に見たばかりなのにまた時計を見て、全く進んでない長針に安堵と落胆が入り混じった感情を抱く。

 これでは本当に遠足当日の朝の子供みたいだ。

 でも頭ではそう理解しても止めることができないのだから、もしかしたらこれは人間の性なのかもしれない。

 そんな大層なことを考えながら時間を潰した。






 1時を数分過ぎた頃、家のチャイムが鳴った。

 私はまるで、親の久しい帰りを待ちわびていた子供のように、小走りで玄関に向かった。

「はーい」と声を出しながらドアを開ければ、案の定、そこには唯が立っていた。



「いらっしゃい唯! さ、上がって上がって!」


「……お邪魔します」



 いつものような、だけどどこか緊張したような、そんな様子で唯は言った。

 靴を脱ぎ、廊下を歩いているとリビングからお母さんが顔を出した。



「ふふ、いらっしゃい唯ちゃん。ゆっくりしていってね」


「……ありがとうございます、お邪魔します」


「あ、姫ちゃん。お菓子用意してあるから後で取りきてねー」


「ありゃーとー」



 そういって私と唯は廊下を過ぎ、階段を登って私の部屋へと入った。

 唯がこの部屋に入るのは、私が起きてる時では2度目だし、なんか緊張してしまうのはまあ自然の摂理みたいなものだ。多分。


 その後私と唯は、学校の話とか、昨日のテレビの話とか、最近私が始めたゲームの話だとか。

 特にとりとめのない話をしながら勉強した。

 勉強というか、週末の課題だけど。


 課題がひと段落ついて時計を見てみれば3時を回ろうとしていた。

 前回もそうだったけど、唯と一緒に勉強すると妙に集中できるっぽい。

 ただ緊張しているだけなのかよく分からないけど、まあ悪いことじゃない。むしろ有難いことだ。



「ねえ唯、少し外歩かない?」



 突然だけど、私は唯にそう提案した。

 理由は特にないけど、無性に唯と外を歩きたくなったのだ。



「……いいですよ」



 少しの躊躇の後唯は了承した。

 2人で部屋を出て階段を降りる。



「お母さーん。ちょっと外出てくるねー」



 そういって私たちは家を出た。



「……どこ行くんですか?」


「特に決めてなーい」



 行く宛は特にない。

 ただぶらぶらと歩きまわりたかっただけだ。


 目に入る景色のことだとか、やってた勉強のことだとか、さっきまでと同じように、内容の薄い話ばかりしながら私と唯は歩いた。

 けど私はその話のどこで、今一番聞きたいことを書こうかと、随時隙を伺っていた。

 そんな私の雰囲気を察しているのか、唯の動きもどこか硬い気がする。


 人通りの多い駅前や、人通りの少ない公園の前、商店街など1時間ほど歩き、そして私たちは河川敷へと着いた。

 私が唯に話しかけようと決めるキッカケとなった時の河川敷だ。

 話すならここしかない、私はそう思って口を開いた。



「……唯ってさ、木村くんのことが好きなの?」



 少しだけ踏み込んだ話題を出す。ジャブといったところだろうか。

 思い返してみると、私たちの間にはそういった色恋の話題が無さ過ぎると思う。

 私たちは女子高生。青春の真っ最中とでも言えるだろう。

 玲ちゃんや春ちゃんたちとの間にはもちろんある。誰が誰を好きとか、誰が付き合い始めたとか。

 でも私と唯の間にはそういった話は一切と言っていいほどない。

 あの、唯と木村くんが付き合ってるかもしれないって時に、5人の中でその話題が出ただけだ。その時も私は逃げ出しちゃって、ちゃんとした話にはならなかったのだ。



「……好きじゃないですけど、なんでそう思うんですか? というか、なんでそんなこと聞くんですか?」


「じゃあさ、私のこと好き?」



 私がそう言うと、唯は完全に固まった。

 こちらに顔を向け、歩いている姿勢のまま、そのまま固まった。

 心なしか、耳も赤く染まっている気がする。



「……それは、どういう?」


「さあ? ただ好きなのかなって」


「……好きですけど。突然なんですか?」



 拗ねたような、不機嫌を表そうとしているような、そんな声で唯は答える。

 照れ隠しだろうか。私は微笑みながら続けて、



「それはさ、友達としての好き?」



 そして私は核心を突く。

 またしても唯は固まって、2人の間から音が消える。

 風が吹き、辺りの草がさわさわと揺れる音と川の流れるせせらぎだけが静かに聞こえてくる。

 私も微笑んではあるけれど、内心はばくばくだ。

 私はゆっくり歩きだし、柔らかな草の上に腰を落とす。



「私さー、転校してから2日か3日目くらいの時にさ、ここで唯のことを見かけたんだよね」



 唯は何も言わずただこちらを見ている。

 何が言いたいのかを見極めているように見える。



「そこで興味持って、仲良くなろうとしてさ。それで仲良くなれたと思ったらちょっと避けられてる感じしたり」



 辺りに人気はなく、私と唯だけしかいない。

 私の声だけが響いて、それ以外の音はほとんどない。静かすぎて、まるで世界に私と唯だけが取り残されたみたいな気分になる。



「唯と杏ちゃんが仲良くしてるとなんかモヤモヤしたり、唯と木村くんが付き合ってるって知ってなんか勝手に傷ついたり。なんかね、私すごい唯のこと考えて気にしちゃう」



 私は立ち上がって、唯の前髪を持ち上げる。

 いつ見ても可愛いと思うその顔が露わになる。



「私実はさ、あの時起きてたんだよね」


「……あの時?」


「唯が、お見舞い来てくれた時」



 唯の体が目に見えるほど跳ねた。

 覗ける目からは不安や怯えの色が見える。



「あの時言ってくれた『好き』ってどんな意味なの?」


「それは……」



 唯は合っていた目を逸らし、言葉を濁らせ言い淀む。私は唯から目を逸らさずに、唯の言葉を待った。

 十数秒の間唯は黙っていたが、やがて口を開いた。



「……好き、です。人を好きになったことなんてないけど、白崎さんを見てるとドキドキして……。多分、私は、白崎さんが好きです」



 顔を真っ赤にしながら、どこか泣きそうな声で、目に涙を溜めながら唯はそう言った。

 前髪を抑えてる手がその熱を受けて熱くなるのを感じる。



「それって、付き合いたいとかそういうの?」


「……多分、そう、だと思います。私は、分からないけど、お父さんが、そうって言ってました」


「お父さんに言ったの!?」



 雰囲気にそぐわない大きな声を出してしまった。

 でも流石に驚かずにはいられない。

 恋愛の相談を親にするってのもなかなかだし、それが同性だなんて。

 私だったら拒絶されたらどうしようって思うし、恥ずかしいし、親の目が気になって言うことはできない。



「……はい。お父さんが、お母さんを、好きになった時と同じだって言われて、そうなんだって……」



 唯の目から涙が溢れでた。

 心に余裕のある私は唯の涙を指で拭った。

 唯が泣いているから逆に、と言うのもあるけど、安堵した気持ちが大半を占めている。

 唯の好きの意味を知ることができた。

 唯が好きなのが木村くんじゃなくて私であることが分かった。

 

 普段は口数が少なくクールだと思われている唯が、私の目の前で泣いている。

 その事実になんだか優越感を覚えるとともに、泣きながらも告白してくれた唯を、私は非常に愛おしく思った。


 次は、私の番だ。



「私はさ、最近考えてたんだよね。唯と付き合ったらどうなるんだろうって。でも私付き合ったことないし同性だし全くイメージできなくてさ」



 唯は静かに泣きながら私や言葉を聞いている。

 その様子がいつもの唯とはかけ離れすぎていて、なんだか可笑しくて私は笑ってしまった。



「ふふ、でもさ、悪いとは思わないんだよね。唯と付き合うの。他の人だとあんまり良く思えないけど、なんでだろうね。唯なら良いって思えるんだよね。だからさ」



 私が言葉と言葉を紡ぐ間のその数瞬、まるで世界の時間が止まったかのようにすべての音が止んで。



「私と付き合ってみる?」



 なんでもないことのように、私はそう言った。


 夕方前の、私と唯しかいない人気のない河川敷で、唯のすすり泣く音だけが静かに聞こえていた。

 唯の泣いている姿を、私はただ微笑ましく思いながら見ていたのだった。

不定期に更新します。


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