誤想
玲ちゃんに全てを託して席を立ち、5分ほど経ってから私は戻った。
私が戻った時にはすでにその話はしていなくて、なんか最近の映画の話をしていた。
そういった話をしていた雰囲気もないけど、玲ちゃんはちゃんと聞いてくれただろうか。
「お、姫ちゃん遅かったね」
「おかーりー」
「うん、ちょっと混んでたんだよね」
私はそう言いながら席に着く。
隣の唯の様子もいつもと変わらない。
少し怪訝に思って私は玲ちゃんを見ると、意味ありげな視線を送ってきた。
まるで、やってやったぜみたいな……。
きっとやってくれたのだろう。内容は……まあ後で聞けばいいか。
私は少しだけ唯の方を意識しながら、残っていたお弁当を食べ始めた。
「動画を渡す前に聞くけどさ、姫子ちゃんっていつから木村と付き合ってたの?」
「えっ?」
そう言われたのは5時間目の終わった休み時間のこと。
一瞬私は何を言われたのかよく分からなかった。
……私と、木村くんが付き合ってる?
「……それ、どこ情報?」
「え、さっき赤城さんと話したら、赤城さんがそんなこと言ってたから」
「唯が? ちょっと動画見せて」
「いいけどさ、付き合ってるの? そこだけ先に聞かせてよう」
「付き合ってるわけないじゃん」
「やっぱり? そんな雰囲気なかったもんね」
そう言いながら玲ちゃんはスマホを取り出し操作し始めた。
玲ちゃんも私が付き合ってるとは思ってなかったらしい。
けどなんで唯は、そんなこと思ってるんだろう。どこで勘違いしたんだろう。
『……ねえ、赤城さんってさ最近姫子ちゃんと何かあった?』
そんな言葉とともに、動画は始まった。
携帯はずっとポケットに入れてあったらしく、残念なことに唯の表情を伺ったりだとかはできない。
『……白崎さん、木村くんと付き合い始めたらしいんです』
本当に唯の口から、私と木村くんが付き合ってると言っている。
何が唯をそう思う思わせてしまったんだろうか。
『……私、好きだったんです。というかまだ、今も好きなんです。……だから、近づいたら迷惑だと思って』
続けて唯はそう言った。
……好き? えっと、唯が、木村くんを?
今唯は、確かに好きだと言った。
少し前、唯と木村くんはそんな雰囲気があった。
なんだか付き合いたてのカップルのような、そんな感じの雰囲気が。
唯が木村くんに呼び出されて、人には、私には言えないような話をしたんだ。
でもその時は一応否定はしていて、そんな気は無いとかって言ってたけど。
お見舞いの時のことで忘れていたけどそう言えばそうだった。
……ん?
「……お見舞いの時のこと?」
「へ? お好み焼きがなんだって?」
「あ、いやなんでもないよ」
そういえば最近避けられている感じがしてそっちに気が向いてたけど、私唯に好きって言われたんだった。
どうしてこんな大事なことを忘れていたんだろう。
好きの意味を暴いてやるって奮闘してたじゃないか私は。
じゃあ動画のこの、今もまだ好きってのは私のことだろうか。
「そろそろ教室戻ろっか」
時計を見れば、すでに授業開始3分前だ。
教科書とか諸々の準備があるため急がなきゃ。
私と玲ちゃんは小走りで教室へと戻っていった。
確証はない。
というか確証なんてあるはずない。
私は女だ。実は男でした、なんてこともないし、男になりたいなんて思ったこともない。
そして唯も女だ。
……下を見たことがあるわけじゃないけど、胸もあるし髪も長い。名前も唯って女の子っぽいし、十中八九私と同じ性別だろう。
そんな同性から恋愛的に好かれてるなんて、そんな確証抱けるはずはない。
異性から好かれることはあっても、同性なんて多分初めてだ。分かるはずもない。
それにしても、もし本当に唯が私のことを好きだったらどうすればいいんだろう。
私はいったいどうしたいんだろう。
こんなに他人のことを考えてるのは初めてだ。異性も同性も含めて、その他の人間関係以外の雑事も何もかも含めて多分。
6時間目のいつもならうとうとしてしまうようなその時間だけど、私は眠くなることもなくずっとどうしたいのかを考えてた。
私は唯のことが好きなのだろうか。
友達としてではなく、恋愛感情として。
今まで私は誰とも付き合ったことがない。そもそも恋愛感情を抱いたこともないかもしれない。
カッコいいと思った人もいたし、彼氏が欲しいとも思う。でも好きだと思った人はいなかったと思う。いや、その好きがよく分からないんだけど。
なら唯はどうだろう。
唯は可愛い。声も可愛い。彼女に独占欲を抱いたこともあった。
けどそれは多分、友達を取られたくない子供と同じようなものだ。
私は唯に恋愛感情を抱いているのだろうか。
付き合いたい……と自分は思えるだろうか。思っているのだろうか。
唯が彼女になったら、と考えてみるけど、よく分からない。
そもそも同性である時点で付き合ってることをイメージしにくい。友達と一緒にいることと具体的に何が変わるんだろう。
よく、分からない。
1時間考え続けたけど私の考えはまとまらなかった。ぐるぐると同じような考えが頭の中をまわり続けていた。
週の終わりの金曜日の最後の授業が終わったというのに、私は全然気分が上がらなかった。
理由は分かりきっている。
「ねえ唯、一緒帰ろ」
「……うん」
だから私は、それを解決するため動き出す。
唯と一緒に昇降口を出て、家までの道を歩く。普段よりかなり口数が少ないけど、私にそれを気にしてる余裕はなかった。
唯と別れる曲がり角まであと少しというところで私は話を切り出した。
「……ねえ唯、後で連絡するけどさ、明日明後日泊まりきてね」
突然私が話したからか、それとも有耶無耶になっていた話を掘り出されたからか、唯の体が一瞬強張ったように見えた。
それにも気にせず、私は続ける。
「お母さんもまた来て欲しいって言ってたし、私も来て欲しい。それに、色々話したいことがあるから」
私は立ち止まって唯の方を見る。
それにつられて唯も立ち止まり、不安そうにこちらを見てきた。
「だからきっと、きっと来てね」
私はそう言って再び歩きだし、そして曲がり角を曲がった。
めちゃくちゃ後ろがきになるけど、私は決して振り向くことなく家へと帰った。
その晩、唯から泊まりに行くという連絡がきた。その連絡を受けて私は安堵するとともに、ついに明日聞き出すんだと少し緊張した。
うそ、めちゃくちゃ緊張してる。
なんて言おう、何をしよう、どうしよう。
そんな、いろんなセリフやら対応やらを考えながら、私は布団に潜った。
なんだか体が熱くて、心臓がうるさくて、なかなか寝付けそうにないな、なんて思っていたら、いつのまにか私は寝ていたのだった。
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