④魔女さん
食事に夢中になっていたトウヤだったが、ミズキの質問に本来の役割を思い出したらしい。
スプーンを置いたついでに、台本にチラリと視線を落としてから言った。
「今回この「映える料理」を作ってくださったのは、料理研究家でありハーブコーディネーターとしても活躍している、緑丘 翠さんです!」
(――緑丘、翠……?)
誰だ。
どこかで聞いた名前の気もするが……。
「あっ……もしかして金曜日担当の?」
「そう! アイちゃん大正解! 俺たちと同じ局で、毎週金曜日に配信のWEBテレビ『魔女の美味しいハーブ』の、メインパーソナリティを務められている方なのです!」
「ってことはぁ〜、これ『魔女さん』の手作りか。すっげ〜!」
レイジが空っぽの皿を見ながら、無邪気に声を上げる。
(そっか……緑丘翠って『魔女さん』のことだったんだ)
ミズキも『魔女さん』のことは、良く知っている。
直接会ったことはないが、意識のなかでは割と身近な存在だった。
緑丘 翠――料理研究家で、ハーブコーディネーター。
緑丘翠はWEBテレビに出演しているが、タレントでは無い。
あくまで料理人……。
そして『魔女の美味しいハーブ』という番組のなかで、自らを『魔女』と名乗っていた。
古い歴史の中で、薬草の知識に長け、お金のない庶民のためにその能力を活かしてきた者、それが「魔女」なのだという……。
ミズキ達が今収録している『夢見る☆ペーガソス』は木曜日の配信で、彼女の番組は金曜日の配信ということもあり、ペーガソス的には「お隣さん」のような感覚に近かった。
「緑丘さんも今日、隣のスタジオで自分の番組の収録があるんだけど、俺たちの企画のために前乗りしてくれたらしいです……。緑丘さん、本当に有難うございます!」
手の込んだ料理を五人分。
きっと時間もかかったはずだ。
オムライスはチーズもトロトロで温かいままだったから、ミズキ達の収録のタイミングに合わせてくれたのだろう。
しかもこの企画は、宣伝をするかわりに報酬は無い。
毎度毎度、この企画のたびに、本当に頭が下がる思いだ。
ミズキは先週のことも思い浮かべながら、感謝を言葉にする。
「緑丘さん、ペーガソスの企画にご協力有難うございます! とても綺麗で美味しい料理でした!」
「カレー、とても美味しかったです! 本当に有難うございました!」
「魔女さんの番組……オレ、毎週見てる! みんなも見てくれよなぁ〜!!」
ミズキも時折、緑丘の番組を視聴していた。
単純な料理番組だが、季節を感じさせるメニューに、ハーブをくわえた「魔女さん」オリジナルの調理法が紹介されている。
家庭で簡単に作れそうなものばかりだから、普段から料理をする人や、時短にこだわる人でも参考になりそうな内容だ。
(なにより魔女さん自身も、すごく感じいいしな……)
番組を見ている限りでは、緑丘翠はとても素朴で、朗らかな笑顔が印象的な女性だった。
ミズキ達より年齢は上だ。
同年代には無い、落ち着いた雰囲気で安心感があるし、現場での評判も良いらしい。
番組を見ていて「いつか魔女さんの料理を食べてみたい」と思ってはいたが、まさか今日がその日になるとは……。
「ルカルカは、どうだった?」
「僕は――」
ルカが、ペーガくんを胸元にぎゅっと抱き寄せる。
そして、こぼれるような笑顔を浮かべて言った。
「まるで……緑丘さんの魔法にかかったみたい。心まで温かくなるお料理、ありがとうございます!」
ルカが笑うと、なんだか嬉しい気持ちになる。
それこそ親鳥のような気持ちに……。
収録は続いていく。
そして――不思議なことがひとつ。
ルカの言った通り、緑丘翠の料理という魔法にかかったのか、いつもより笑顔の多い収録になった。
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次回。
緑丘のスタジオに挨拶に行くミズキとルカ。
そこで驚く光景を目にする。(はず)