④ミズキ
次はミズキの番がやってきた。
もともと喋ることは嫌いじゃないし、WEB番組の仕事も気にいっているから、他のメンバーに較べてリラックスして臨めている。
「はい! 最近は料理にハマってる川鵜ミズキです! みんなのオススメのレシピあったら教えてね〜。今日もよろしく〜!」
ヒラヒラと手を振ったあと、カメラが近づいてきたタイミングで――アイドルスマイル!
(よし! きまった――!)
おお〜すげ〜、と他のメンバーがパチパチとまばらな拍手を送ってくれる。
すかさずトウヤが、トークを繋いできた。
「ミズキって料理うまいよな。……ほら地方ロケの時、俺が風邪引いちゃってさ、お粥つくってきてくれたじゃん?」
「よく、覚えてるなぁ」
「だって、美味かったんだもん。あったかくて優しい味がして、すげえ胃に染みた……」
「うわ〜恥ずいよ〜。やめてやめて」
顔面が熱っぽくなって、ミズキは両手で顔を覆う。
(あんな適当な……料理とも言えないようなモン)
「お粥」ってトウヤは言ったけど、あれは即席の「ご飯汁」のようなものだ。とにかく胃に流し込めればいいだけの代物。
(今思えば、もっとやりようがあったのにな)
確かあれは、デビュー当時。
地方でのプロモーションを終えた深夜。もともと風邪っぴきだったトウヤが、本格的に体調を崩して、ホテルで寝込んでしまった時のことだ。
病院に連れて行こうとしたが、どうやらトウヤは病院嫌いのようで、ベッドの上から頑なに動こうとしない。
途方に暮れたペーガソスのメンバーは「とにかく薬を飲ませよう」と決めた。薬は丁度アイトが持っていた。
「薬を飲ませるのは良いけど、何かその前に食べないと。トウヤ、食欲は?」
ベッドの端に座りアイトは訊くが、トウヤはただ首を振るばかり……。
仕方ないな、とミズキは立ち上がった。
「俺、何か食べやすいもん買ってくるよ」
「ミズキだけじゃ大変……ボクもついてく……」
「おう。じゃあ俺とルカが買い出しで、レイジとアイトは、トウヤ見てて。あ、ホテルに製氷機あると思うから、頭冷やしてあげて」
その後、ミズキとルカはホテルの近くにあった24時間営業のスーパーに駆け込んだ。
食べやすそうなヨーグルトやゼリーをカゴに入れていく。
「ね……レトルトのお粥って不味いよね?」
棚を見上げながら、渋い顔をしてルカが言った。
「確かにな。あっためても、なんつうかプラスチックの味するもんな」
「うん。あ……お粥のこと考えてたら、水炊きとか雑炊が食べたくなっちゃった……」
「はは。夜食になんか買ってこうぜ」
笑いながら答えたミズキは、ふと「雑炊」というワードで閃く。
ホテルに戻ると、部屋に備えられているマグカップに、海苔をはずした「梅おにぎり」を入れてお湯を注ぐ。ほどよく解したあと、電子レンジでご飯がとろっとするまで温めた。
(とにかく胃に流しこめれば、味はどうでも良いよな)
レトルトのお粥とさほど変わらないかもしれないけど、これなら若干の手作り感はあるし、味もついてるから、まあ……食べられるだろう。
「ほらトウヤ。食欲ないの分かるけど、一口でいいから飲みな?」
「……ん」
皆に迷惑をかけていることに、リーダーとして罪悪感があるのか、トウヤは素直に起き上がる。
くちびるを突き出すようにマグカップに口をつけると、ズズ……と吸った。
「……梅味」
「そうそう、おにぎりだからな」
「うまい」
「なら良かった。食べられるぶん食べて、あとは薬飲もうな」
無事にトウヤが薬を飲み終わり、ふたたびベッドに横になる。
残りのメンバーは夜食を食べたあと、自分の部屋で寝ればいいのに、枕を持ってトウヤの部屋にくると床に転がって眠った。
翌朝。
回復したトウヤに「風邪がうつるだろ! アイドルとしての自覚が足りない!」と、お説教を受けたが、なんだか清々しい気分だったのを覚えている。
(まさか、今この話題になるなんてな……)
トウヤのことだから「メンバー仲良し」アピールのために、この話を持ち出したのかもしれない。
けれど、もし本当に「美味い」と思ってくれたのなら――
「今度は、もっと美味しいもの作ってやるからな!」
顔を赤くしながら、ミズキは言った。