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明日、世界のどこかでキミが笑う。  作者: 葵月さとい
第ニ章 アナタのための手作り料理
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②「何か美味しいもの」

 茅鳥(ちどり)ルカは、緑丘(みどりがおか)(すい)のことを恋愛対象として「好き」らしい。

 直接会ったのは一回だけ。だから一目惚れというやつだ。


 確かに緑丘翠は素敵な女性だと思う。ちょっと変わり者かもしれないが、ちゃんと自立した安心感のある大人の女性だ。

 だけど一度会っただけで、好きになってしまう理由がミズキには理解できなかった。

 ルカだけが持っている特殊センサー(直感ともいう)が、(すい)に反応したとしか考えられない。


(はっ……もしかして胃袋か⁉︎ 胃袋を掴まれてしまったのか⁉︎)


 翠のつくった料理はとても美味しかった。腹が満たされれば心も満たされる。逆に貧しいだけの食生活だったら、気持ちもなんだかパッとしない。

 翠は意図せずにルカの胃袋を掴むことで、心までも動かしてしまったのかもしれない。


 ちなみにミズキは一目惚れをした経験はない。

 可愛いなと思う女子には会ったことはあるけれど、何が何でも落としてみたくなるような衝動的な感情が湧いた事はなかった。

 だから恋をしているルカを、少し羨ましく思ってしまう。

 ――恋をしてるヤツはみんな、眩しい……。

 それがどんな恋であっても、内側から滲み出るエネルギーはとても純粋なものだったりする。

 ――みんな、ただ幸せになりたいって、夢見てるみたいに……。

 恋や愛といったものを前にする時、ミズキの脳裏には決まって両親の姿が浮かんでくる。そして次の瞬間には、心がすうっと冷たく硬くなっていくのだ。


(いつか俺にも、大事だと思えるヒトが現われんのかな)


 もしそんな人が出来たら、たくさん話をして、その人の求めるものをちゃんと理解してあげたいと思う。




「あ、ルカからだ……」


 レイジの紹介で通いはじめたジムで早朝トレーニングを終え、帰宅している途中で、ミズキはルカからのメッセージに気付く。


【オハヨ。明日の10:00。翠の料理教室に予約いれたからミズキも来て! このまえ番組で料理するの好きだって言ってたでしょ。だから協力して!】


【あっ! あとね、翠から「何か作りたいもののリクエストがあったら教えてください」って。なんかある?? 】


 ……すごい行動力。

 ルカが本気で翠にアプローチを開始した。

 一応、底辺でもアイドルの端くれ。

 もしもルカが一般人の女性と二人きりで会ってたことが記事にでもされたら厄介だ。 付き添ったほうが安心だろう。


「明日か……」


 特に用事も仕事もないから大丈夫だ。

 とりあえずミズキは『了解』とだけ、ルカに返信をした。

 


「ミズキ、おかえり」

「ただいま。あれ? ばあちゃん、これからどっか行くのか?」


 自宅にたどりつくと、玄関先に祖母の川鵜(かわう)マツエが立っていた。

 ミズキはこの祖母と二人暮らしだった。両親は仕事で海外にいて、ほぼ帰ってくる事はない。


 マツエは淡いブルーの上下同じ生地のブラウスとスカートを身につけ、小さなコサージュがついた帽子を被っている。よそいき用の恰好だった。


「これからね、日帰り温泉にいってくるの」

「へ〜いいじゃん。またリョウコさんと?」

「そうそう。私たち仲良しだから……」


 ふふっと嬉しそうに笑うマツエを見て、ミズキは少し安堵する。

 ここ最近、マツエは元気が無かったのだ。

 食欲も無く、ミズキがいない時は料理すらしなくなっていた。病気じゃないかと心配したが、定期健診の結果は良好だったらしい。


(そういえば、ばあちゃんが元気無くなったのって、リョウコさんがお店閉めたあたり……だよな……?)


 マツエの親友……リョウコは、三ヶ月ほど前まで、近所で八百屋の店主をしていた。

 こじんまりとした店だったけど、安くて新鮮な野菜が手に入るからと、近所の主婦たちはよく通っていた。

 マツエもその一人で、リョウコの八百屋の毎日のように通っては旬の野菜を買い、ミズキと自分のための食事をつくる。食卓ではリョウコの話題が上がることも多かった。


 しかし三ヶ月前。

 年齢も年齢だし跡継ぎをたてるほどの店でも無いからと、リョウコは店を畳むことにした。

 野菜を買いに行きつつリョウコと話すことを楽しみにしていたマツエは、仕方がないことだと納得しながらも残念そうにしていた。

 そしてそれからだ。

 マツエは、空気の抜けた風船のように、元気まで(しぼ)んでしまったようだ。

 料理をつくっても「味が冴えない」と溜息をつくようになり、「何を食べてもあんまり美味しくない」と言うのが口癖になっていた。


「ばあちゃん、俺、明日さ料理教室いくんだ。ルカと……」

「ルカルカくんと? 珍しいねえ〜」

「それでさ、ばあちゃん何か食べたいものとかある? 美味しく作れるように習ってくるから」

「う〜ん……」


 マツエが逡巡する。

 そして出てきた答えは――


「何か美味しいものが食べたいねぇ」

「何か……って、何系とかある? 蕎麦とか、肉とか、和食とか?」

「う〜ん。普通でいいんだけど、美味しいなあって幸せを感じるような……」

「む、むずいな。俺にはハードル高すぎ。ばあちゃんが作ったほうが絶対美味しいもんな」

「ああ、でもミズキの手料理は楽しみだねえ〜。……あ、リョウコちゃんきた!」


 振り向くと、おめかしをしたリョウコが「マツエちゃん!」と手を振りながら、ちょこちょこと小走りでやってくる。マツエも嬉しそうに手を振り返していた。


 ミズキは二人の見送りを済ませると、スマホを手に取った。


【明日なんだけど、ばあちゃんが喜ぶような「何か美味しいもの」が作りたい。よろしくな〜!】


 何か美味しいもの……という漠然とした内容では、翠を困らせてしまうだろうか。

 けれど向こうは料理のプロだ。お任せしてみるのも良いかもしれない。

 そう考えながら、ミズキはルカにメッセージを送った。

 

 

読んで頂き有難うございます!


次回は翠の料理教室編です。

よろしくお願いします!

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