03
エクメアは過去に起こったひどく悲しい事件のことを思い出し、心にもなく残念そうに顔を伏せる。
「あれは、ひどく悲しい事件だったな……」
「いや、エクと師匠が大人気もなく全力で攻撃魔法を打ち合って、周りにいた人たちが巻き込まれただけだよね。死んだ人とかはいないからよかったけど。私、すっごく恥ずかしくて申し訳なかったんだからね!!」
隣で普段マイペースなリラが珍しく声を荒げて何か言っているが、聞こえないふりをしておこう。
エクメアはとぼけた顔を隠すことなく、3年ぶりのニシキギ国の大通りを見回しながら別の話題を探す。
「ん? あれってなんだ?」
「もう、話題を逸らさないの……」
リラは半ばあきらめた様子でエクメアが指さした方へと顔を向ける。
2人が歩く大通りのさらに先、おそらく3年前には魔法使い統括協会の本部があったあたり。
遠すぎてはっきりと見えないが、何やら石像のようなものが立っているのが見える。さらにその奥には3年前のデザインとは若干異なるものの、似たような外観の建物。おそらく、事件後、建て直された魔法使い統括協会の本部だろう。
「んー。私、エクほど背、高くないから見えない」
「ああ、まだそれなりに距離があるからな」
「ずるい」
「ずるいって言われてもな……」
リラからの理不尽な文句に今度はエクメアがあきらめた表情を浮かべる。
エクメアの成長がただリラの身長を上回ってしまったのを何故責められなければならないのだろうか。こればっかりは師匠のせいにできないのでエクメアはなすすべがない。
そんなこんなで歩いて進むと、ようやくリラにも石像らしきものが見える距離にきたらしい。
リラがエクメアの隣でムムッとうなりながら考え込み始めた。
「ねえ。あれ……」
「ん?」
「師匠ってあれくらいの背格好であんな感じのコート、よく着てなかったっけ?」
エクメアは改めて石像らしきもの(というか近づいてみて石像であることはわかった)を注視してみる。
確かに、師匠の背格好くらいでお気に入りと言っていたコートに酷似したデザインのコートを着た石像だ。魔法使い統括協会の入り口の方を向いて立っているので顔は見えないが、後ろ姿だけならエクメアとリラの師匠とそっくりな石像である。
「確かに似てるな、あれ」
「……エク。なんか嫌な予感がするんだけど」
「奇遇だな。俺もだ」
エクメアとリラはようやく石像の真後ろに到着する。
ふたりは顔を見合わせ目の前にそびえたつ石像を見上げ、変な汗をかく。
エクメアもリラの正直に言うと、予感というよりも確信といった感覚を感じていたのだが、自分の心が認めたくないせいで予感という少しばかりマイルドな表現になっていた。
「まあ、魔法使い統括協会の建物は前より大きく立派になったな。石像のことはとりあえず置いといて」
「確かにね。エクと師匠が建物をほぼ全壊させちゃったから、本当に建て直したんだね。石像のことはとりあえず置いといて」
エクメアとリラは石像の後ろから魔法使い統括協会の建物をしげしげと眺めつつ、それぞれの感想を述べる。
その表情からは石像のことを必死で忘れようとしている感がありありと読み取れる。
そんな2人の表情というか、2人を見て近くを通りかかった数人の魔法使いたちが慌てて、魔法使い統括協会の中に駆け込んでいくが、2人は石像によって周囲に注意を払う余力がなく、少しも気が付いていない。
「なあ、リラ。せ-の、で確認しよう」
いつまでも現実逃避を続けるわけにはいけない。エクメアは意を決してリラに提案をする。
「う、うん。せ-のでいこう」
「んじゃ、いくぞ。「せ-の!」」
その瞬間、エクメアとリラの顔から表情が消えたのはお約束といってもいいのではないか。
だって、石像のモデルはドヤ顔でポーズをとっているエクメアとリラの師匠だったのだから。
「エク、これ壊しちゃダメかな」
「いや、リラ。これは壊さなければいけないシロモノだ」
「ううぅ~、なんでこんな人が師匠なんだろう……」
「リラがそこまで言うなんて珍しいが、それには俺も同意見だ」
弟子から本人のいないところで滅多打ちにされる師匠。多くの魔法使いの師弟関係では見られない光景がそこには存在していた。