夏休みからの脱出
あなたに大事な人はいますか。
その人が逝ってしまったら、もう話すことも、笑い合うこともできません。
別れは、とても悲しいことです。
仲の良いほど、好きなほど、思い出が多いほど、それは辛いものになります。
でも、その人のために祈ることはできます。
祈りは届きます。
必ず。
……?
ふと気がつくと、自分の部屋の真ん中に立っていた。
…………。
私は一体なにをしているんだろう。
時計を見た。
8月3日の深夜2時。
私は本当に何をしていたんだろう。
喉が渇いている。とりあえず水を飲もう。
家の中は静まりかえっている。でも、どの部屋も電気はついている。
…………。
物音がしない。人の気配がない。
みんな、どこ行ったんだろう。
台所に行った。
あれ……?
冷蔵庫の上に、ハワイの首飾りが置いてある。カラフルな花の首飾り。
これ、なんだっけ。なにか、見覚えがある。
あ、そっか。
そうだ。本当はこれ、テディベアの首にかかってたんだった。
テディベアは、玄関にあったはず。首飾りだけ、どうしてこんなところに置いてあるんだろう。
妙に気になったので、ハワイの首飾りを持って、玄関に向かった。
テディベアに、ハワイの首飾りをかけた。
……たしか、誰かが旅行に行ったときに買ってきてくれたんだっけ。
誰が買ってきてくれたんだっけ。
…………。
変な時間に起きちゃったな。
寝なおそう。
汗で、Tシャツが張り付いて気持ち悪い。
そのままベッドに戻ったら、ベッドにも汗がつく……。
シャワーを浴びよう。
洗面所に行って、鏡で自分の顔を見た。
自分の顔が映る……。
ひどい顔だ。
寝苦しかったら疲れたのかな。
変な時間に起きちゃったから、目の下にクマがある。
…………?
一枚の広告が置かれている。四つにたたんだ跡がある。
広告を裏返すと、お弁当の中身の絵が描かれていた。ここはご飯の場所、おかずの場所という風に。
これ、なんだっけ。見たことがあるんだけど、よく思い出せない。
誰がこんなところに置いたんだろう。それで、誰が描いたんだろう。
私のお母さん?
いや、私のお母さんはずっと前に死んじゃってるから、描いたのはお母さんじゃない。
…………。
家の中を見渡した。
なにか、家の配置が違う。
どこになにがあるかなんて、家の中のことを正確に覚えているわけじゃないけど、なにかおかしい。
棚とか、壁の位置とか、なにもかもが、微妙に違う気がする。
妙な違和感。
ここ、ホントに私の家だよね…………?
そのまましばらく、部屋にいた。
…………。
…………。
………………?
おかしい。
いつになっても朝にならない。夜が明けない。
やっぱり、おかしい。
時計は、さっきから2時で止まったままだ。
……私のスマホ、どこ行ったんだろ。
一体、なにが起きているのか。
ドオン。
家が震動した。
花火だ。近くで花火が出ている。
そっか。今日はお祭りなんだ。
……こんな時間に?
とにかく、外へ出てみよう。
外へ出た。
お祭りの明かりは、どこにも見えない。
スケジュール帳が、玄関を出たところに落ちている。
……だれのだろう。これ、私のかな。
パラパラとめくってみた。
『8月 3日 裏山』
8月3日、つまり今日のマスには、『裏山』とだけ書かれている。
裏山……。
裏山に行けば、なにか分かるかもしれない。
裏山へは、家の裏庭から行ける。
私は、家を出て、裏山へ続く道へ歩いた。
…………?
足が、動かない……。
裏山へ続く坂を上ろうとするのだが、そこで足が動かなくなった。
私の足はそこで止まってしまう。向こうに行きたくても、前に進めない。
どういうわけか、私は裏山へ行けないのだ。
どれだけ足を動かそうとしても無駄だった。私は一度、家に帰った。
なぜかは分からない。私は裏山へ行けない。
自分の部屋で、もう一度拾った手帳を開いた。
他のページに、何か書いてあるかもしれない。
他のページには何も書かれていない。普通の手帳と同じように、1月から12月までのマスがひたすら続いている。
『裏山』以外は、どのマスにも、何も書き込まれていない。
あれ……?
『8月 3日 裏山』
この8って文字、はがせるようになってる?
他のページを見ると、『7月』の7、『2月』の2がシールになっている。
それに、手帳の最後のページ、つまり何も書かれてないページに、こんな文字があった。
『8→7 3→3 2→ 』
何かのヒント?
たぶん、その通りに入れ替えろってことだろう。
私は、8月の8のシールを剥がし、7に貼り替えた。そして、2は3の左側に貼った。
『7月23日 裏山』
貼り替えた途端、外からまた花火の音が聞こえてきた。
なんだろう。さっきのお祭りは続いていたのかな。
私はもう一度、裏山に行ってみることにした。
さっきと違って、足が動く。
先に進める……。
そっか。思い出した。裏山に行く日は、7月23日のはずだった。
でも、なんでだっけ……。
私の家には裏山がある。小さい畑があるだけで、あとは森。人が通れるくらいの狭い道をどんどん行くと、知らない人の墓地に出る。あんまり遠くに行きすぎると迷子になる。
お母さんに、『100歩で行けるとこまでにしな』って、よく言われたな。
お母さん、か……。
裏山。小さい頃は、よく遊んだっけ。
って、誰と……?
それは、思い出せない。
どうしてだろう。なんだか記憶が曖昧で、昔のことをよく思い出せない。
私、風邪でもひいてるのかな。頭がぼんやりして、思考がうまくまとまらない。
ドッ……。
地面が揺れた。
ものすごい足音だ。
熊……?
闇で、なにか、黒い塊が向こうにいる。
……ドッ。
黒い塊が、もう一度足を踏み鳴らした。
なんて大きな獣だろう。
私は、身を硬くしてそこにしゃがんでいた。
ドッ。ドッ。ドッ。ドッ。ドッ。ドッ。
獣は、何かを探しているみたいに、あちこち走り回っている。
……違う。
あれは鬼だ。
暗くて黒い塊に見えるけど、頭に角が突き出していて、2本の足で歩いている。あれは、動物なんかじゃない。
上半身は妙に膨らんでいて、足だけが異常に細い。
私は、気づかれないように、家に逃げて帰った。
裏山に、あんな化け物がいるなんて、全然気づかなかった。
私を追って、家の中に入って来ないか心配だ。
玄関の鍵は閉めたけど……。
自分の部屋で、震えていた。
…………。
…………。
少し、眠ってしまったみたいだ。
気がつくと、外が明るい。
一応、朝になったみたいだ。
ちゃんと朝になったんだ。少し安心した。
時計を見た。
8月3日の2時……。
……時間が進んでない。
一体、どういうことなの。
分からない。
とりあえず、外へ出てみよう。誰かいるかもしれない。
玄関を出ることはできた。でも、道に出ることはできなかった。
私はすぐに諦めた。
もう一度、裏山に行ってみようか……。
あの化け物の正体を、はっきり見ることができるかもしれない。
おそるおそる、昨日歩いた場所を探した。
森の中は、静かだ。昼間なら、そんなに怖さは感じない。
どこにも姿はなかった。
しばらく探してから、家に帰った。
時計は相変わらず、8月3日の2時。
日が傾いても、日が沈んでも、時計は進まなかった。
時計が壊れているだけならいいんだけど……。
夜になった。
私は、玄関から外には出られない。だから何もできない。
テレビをつけても、何も映らない。
何かが、おかしい。
このままだと、私までおかしくなってしまう。
もしかすると、さっきのスケジュール帳みたいに、裏山で何かを見つけなければ先に進めないのかもしれない。
もう一度、夜の裏山に行く……?
そんな恐ろしいことを、しなくてはならないのか。
夜になると鬼が出る裏山……。
私は、そこで何かを探さなければいけないのかもしれない。
私が探さなければならないもの。それはなんだろう。
それが分からないまま、また裏山に来た。
やっぱり夜の裏山は怖い。
一体、何を探せばいいんだろう。
……ドッ。
足音が、背後からした。
強い力で、肩をつかまれた。
あの鬼だ!
すぐ後ろにいたなんて。
きっと私を待ち伏せしてたんだ。
喰われる……。
心臓が止まりそうになった。
「おねえちゃん」
女の子の声がした。
振り返った。
鬼が、人間の姿に変わった。
私より少し年下くらいの女の子……。
女の子は、呆れたような顔でこっちを見て、両手を腰に当てて突っ立っていた。
見覚えがあるけど、この子は……。
「あなたはだれ?」
女の子は、やっぱり呆れたように首を傾けて、
「は? なに言ってんの? フツーにあんたの妹でしょ」
……ああ。
そっか。
「夜中にかくれんぼしようって言ったの、おねえちゃんじゃん」
妹は、急に笑顔になった。
「でも、やっと迎えにきてくれたね。ずうーっと、待ってたんだよ」
そうだった。
私には妹がいた。
夜中にかくれんぼしようって、私が言い出したんだ。
暇だし、夏休みの暇つぶしに、ちょっとは面白いかと思ったんだった。
でも友達に夏祭りに誘われて、そっちに行ってしまった。それで、約束を忘れたんだった。
ほんとうに、どうして忘れてたんだろう。
妹のことは大事だと思ったことはそんなになかったけど、忘れるような存在じゃなかったのに。
「帰ろう。一緒に」
私は、妹に向かって言った。
妹はすぐに返事をしてくれない。困ったような顔をしていた。
「先に帰ってて」
妹は言った。
言われた通り、私は先に帰った。
結局、妹は帰ってこなかった。
理由はよくはわからないけど、帰ってこないって、そう思ってた。
部屋の間取りが変わっていた。
一つ、部屋ができていた。
開けてみた。
ここは……。
妹の部屋だ。
妹……。
ゆみこ。
思い出した。
私の妹は、ゆみこ。
ここは、悪夢のような世界……。
やっぱりここは、現実の世界じゃない。
似ているけれど、現実と違う。
どうしてかわからないけれど、私は、ずっと現実に戻れないままなんだ。
私は、歪んだ記憶を元に戻さなければ、この世界から抜け出せない。
8月3日から抜け出せない。
……泣き声がする。誰か泣いている。
女の人の声……。
どこだろう。家の中から声がするのは確かだけど。
押し入れの中からするようだった。
ここを開ければ、中に誰かいる…………。
「誰かいる?」
押し入れに向かって声をかけた。返事はない。
…………。
開けてみた。
途端に、悲鳴を上げてしまった。
そんな場所にあるはずのない、不気味な物がそこにあった。
巨大な鼻が、上からぶらさがっていた。押し入れを塞ぐくらいの大きさだ。
この鼻が泣いていたの……?
鼻は、女の声で泣いている。
巨大な鼻に開いた二つの穴が見える……。
…………。
…………。
…………?
穴の奥に、何かある。
ためらったけど、その何かを取ってみることにした。
出てきたものは、一枚の布。
血に濡れたハンカチ。
ハンカチを取った瞬間、巨大な鼻はすっと姿を消した。
たぶんこれも、何かを思い出すためのものなんだろう。誰かが、私にヒントを与えようとしているのか。
血に濡れたハンカチ……。血はすでに乾いている。
何を思い出せばいいんだろう。少し考えた。
そうだ。
私には継母がいたんだ。
あの継母が、私の顔を叩いた。だから鼻血を出した。
あの人に叩かれて鼻血を出した日。
当てつけにあの人の使っているハンカチを取り出して、それで拭いてやったんだった。それで、わざとテーブルの上に置いて、あなたのせいでこれだけ血が出ましたよ、という嫌がらせをしてやったんだ。
…………。
継母にはよく叩かれた。
鼻血がたくさん出て、止まらなくなったことがある。
……ちがう。
叩かれたのは一度だけ。
あの人が私をぶった理由……。
それは、なんだっけ。
継母…………。
今年の夏休みは、あの人の実家に行く予定だった。
私にとっては他人の家。
あの人の母親や父親もいるらしい。知らない人に孫扱いされて可愛がられても、なんだか気持ち悪い。お芝居みたいだ。
だから、行かなかった。
妹は乗り気で、付いていくみたいだったけど。
私は頑なに拒絶していた。
そうだ。継母と妹の乗った車が事故に遭って……。
それで、二人とも…………。
私だけが助かった。一人だけ、助かってしまった。
私の記憶が歪んでいるのは、そのショックなんだろうか。
妹の部屋に入った。今の部屋に移るまで、私が使っていた部屋だった。
妹のベッド。妹の鞄。妹の本。たしか、こういう匂いがしたっけ。
…………。
妹は、もういないんだ。
……妹の机に、何かある。
線香にマッチにローソク。
なんで、こんなものが置いてあるんだろう。
これも、何か意味のあるものなんだろう。
何か不思議な力に導かれているような気さえする。
誰かが、私に手がかりを与えているような……。
これが表すものは、墓地……。
私は、墓地に行かなくてはいけない。
墓地に行けば、またなにか……歪んだ記憶が元に戻るはず。
私は、裏山の墓地へ急いだ。
墓地。きっと、妹とあの人の……二人に関係のあることだろう。
二人が、私のことを恨んでいる……?
だから、私はこの悪夢の中をさまよわなくてはいけないのか。
8月3日に、何か意味があるのだろうか。思い出せない。
早く、この悪夢から出たい。抜け出せるものなら……。
坂を登り切ったところに、墓地がある。そこへ行けば、何か分かる……。
…………。
……どうしてだろう、急に眠くなってきた。
全てを忘れて眠ってしまいたい衝動が襲ってきた。
この先には、きっと思い出したくないことがある。
もういやだ。疲れた。ここで眠りたい。
…………。
だめ。今眠ったら、振り出しに戻ってしまう。永遠にこの悪夢を彷徨うことになる。
私は、先に行かなくてはならない。
重い身体を引きずって、墓地へ進んだ。
人がいた。
しゃがんで、墓石に向かって手を合わせている人が見えた。
あれは……。
妹……。
それに、継母……?
そんな。
どうして……?
あの人はたしか、妹と実家へ行く途中、事故に遭って…………。
…………。
…………。
…………。
……違う。
死んだのは……………。
事故に遭ったのは…………………。
わたし………………?
あの人は、墓に向かって話しかけている。
「結局最後まで、私には笑ってくれなかったけど、本当はいい子なの、知ってたよ。おかあさん、不器用だったから、あなたとうまく接することができなかった」
あの人は、バッグの中から大事そうになにかを取り出した。
なにか、小さな板みたいな……。
一目見て、すぐにそれが何か分かった。
私の失くしたスマートフォン……。
あ……。
あ……。
……全部思い出した。
思い出してしまった。
…………。
………………。
継母には、よく叩かれた。
あの人は、よく私のことをぶった。
…………………………。
……ちがう。
叩かれたのは一度だけ。
あの人が私をぶった理由……。
あの人が……、おかあさんが私を一度だけぶった理由。
そうだ。
あれはたしか、なんのときだったかはもう忘れたけど、些細な喧嘩をしたときだった。私は、あの人をへこませるために、こう言ったんだった。
「どうせ本当の親じゃないんだから、私が死んだって一滴の涙も流さないんでしょ」
あのときのあの人の顔は、悔しさと哀しさが混ざったような顔だった。
たぶん、どれだけ尽くしても私が一向に心を開かないのが、悔しかったんだと思う。
それは、不器用な自分に対しての感情だったのかな。
あの人は、私のおかあさんは、私がどれだけ憎まれ口を叩いても、私を恨む人じゃなかった。
「誕生日、何が欲しいかな?」
と、ちょっとためらうように聞いてくるあの人に対して
「私を産んだお母さん」
とか、
「あのね、おかあさん、どうすればあなたと仲良くなれるのか、ちょっと知りたいんだけど。おかあさんにしてほしいことなんか、あるかな?」
「あんたが出てってくれればそれでいい」
ひどい皮肉を言った。
あの人は哀しそうな顔で下を向き、反論できなくなった。
ずいぶんひどいことを言ってきた。
あの人の心を、ズタズタに切り裂いた。
「わたし、絶対に行かない!」
あのとき。
私は頑なに拒絶した。
あの人の実家に、一人だけ行かなかった。
どうして、あのとき一緒に行かなかったんだろう。
新しい水着。わたしの分も買ってくれてたのに。
結局、あの人の提案は、なにもかも拒否した。あの人の前では、笑うことすらしなかった。
あのひと、寂しかったろうな。
継母は、そんなに器用な人じゃなかった。
二つ並んだお弁当。
一つは綺麗。それは私の分。
もう一つは、余りを詰めただけのぐしゃぐしゃな弁当。自分の分だ。
私のお弁当には綺麗なおかずを詰めるのに、自分は形の崩れた卵焼きや、焦げたウインナーを詰めているのを知っていた。
でも、気づかないふりをしていた。
継母の弁当なんか要らない、とわざと持っていかないこともあった。持っていっても、学校の近くの水路に中身だけ捨てたこともあった。
だって、私のお弁当を作るのは、本当のお母さんの仕事だから。継母が義務で仕方なく作ったお弁当なんか、食べてあげない。
そう考えていた。
学校から帰ってくると、新しいお弁当箱が置いてあった。広告の裏に、マスで区切った四角が書いてあって、『おかずの場所』とか『野菜の場所』と書いてあった。あの人はどんな風にお弁当を詰めればいいかなんて、そんな些細なことにも気を遣ってくれていた。
「………………」
どうして、素直になれなかったんだろう。
生きているときに、せめて一言でも優しい言葉をかけてあげれば良かった。
赤だった。
赤だから、止まると思った。
だから渡ったのに。
顔は見えなかった。
男なの? 女なの? 酔っぱらい? お年寄り?
私の人生を強制的に終わらせた、その人の顔は見えなかった。
最後に見たのは、空中に浮かぶ、私のスマートフォンだった。
……そうだ。
私は継母に愛されていた。
お母さんが病気で死んだことを知っていて、だから私を不憫に思って、とても優しくしてくれた。
でも、継母なんか、親だと認めたくなかったので反抗した。夏休みに、継母の実家に行くことになったけど、私は拒否した。
そして、深夜に交通事故に遭った。
それが8月3日のことだった。私の時間はそこで止まった。
継母は知らせを受けて、急いで私の運ばれた病院へ……。
わたしのお母さんは、わたしを産んでくれたお母さん一人だけ。だから、私を産んでくれたお母さんの居場所を守りたかったんだと思う。
これで、全部分かった。
あのひと……いや、おかあさん。
おかあさんだったんだ。私が迷わないようにしてくれてたのは。
急に、世界の色が変わったように感じた。
景色が変わって行く…………。
ここはもう、墓地じゃない。
二人の姿はない。
ここは、どこ…………。
なにもない、暗闇。
たぶん、元の世界に戻ったんたんだ。
暗闇は少しずつ明るくなって、自分がどこにいるのかはっきり分かった。
私の部屋だ……。
私の魂は、死後もここに残っていた。
そして、終わらない夏を繰り返していた。
亡霊として……。
時計を見た。
8月15日の八時。もう、時計は進んでいる。
たぶん、あれから何年も経っていたんだ。
何年も、私はここにいたんだね。
でも…………。ようやく………。
あなたが祈ってくれたおかげで、これでようやく、あの日から抜け出すことができます。
ありがとう。おかあさん。