桃だろう
「やっぱり、桃だろう。
桃月の可愛さは、アイドルを遥かに凌駕している」
『学園のヒロインといえば誰か?』
そんな話をしていると、犬塚が力説してきた。
「たしかに、桃月は可愛い。
しかし、鬼の方が美しいだろ。
時代は美しさだ。
この学園のヒロインは鬼塚に決まっている」
雉木が鬼塚を推す。
仕方のない奴らだ。
満を持して、俺が正しい答えを教えてやる。
「馬場に決まっている。
議論の余地はない」
「「いや、それはねぇわ。ババアは無い」」
2人揃って否定した瞬間、2人が空中に舞った。
おお、これこそ、俺の見たかったものだ。
ダブルアッパーからの、足技で浮かし続ける空中コンボ。
馬場の空中殺法は何よりも美しい。
「誰がババアだ。私は馬場よ。
そのバカな頭に刻み込みなさい」
格ゲーのようなハメ技を食らった2人が落ちてきた。
それを見て、気づけば俺は立ち上がって拍手をしていた。
「あんたもくだらないことを言わない。その拍手もやめろ。
まったく、お供三兄弟はバカしかいないわね」
いやあ、朝からいいものが見れた。
「おい、猿河原。本当にあいつがヒロインでいいと思っているのか?」
「そうだ。今時、暴力ヒロインは嫌われるぞ」
犬塚と雉木が倒れたまま、俺に小さな声で訴えてくる。
「それがいいんじゃないか」
「「ドMめ」」
バカは丈夫なのか、2人とも5分ほどで立ち上がって席に座った。
そして、2人が一気に顔を近づけてくる。
なんだ気色悪い。
すっと、後ろに引こうとすると、ガシッと肩を掴まれた。
「なんだよ」
「大事な話がある」
「心して聞け」
こいつらは家の方向が同じだからな。
登校途中にでも示し合わせたんだろう。
「「告白するぞ」」
「えっ」
押し切られるように、3人でそれぞれ告白することになった。
まあいい。
いい加減関係を進めたい。
ちょうどいい機会だ。
馬場を呼び出すための手紙を書く。
そして下駄箱に入れて、放課後を待った。
放課後、屋上で馬場を待っていると、彼女がやってきた。
「何の用? こんなところな呼び出して」
「馬場、俺はお前が好きだ」
「ごめん、無理」
一言で切り捨てられ、さっさと去っていった。
教室に戻ると、うなだれた犬塚と雉木が席に座り込んでいる。
「そうか、お前らも玉砕したか」
返事がない、しかばねのようだ。
何をしても反応のない2人を置き去りにして、下駄箱に向かう。
下駄箱を開けると、手紙が入っていた。
開けてみると、体育館裏への呼び出しの手紙だった。
差出人は桃月と書かれている。
もしかしたら待ちぼうけをさせてしまったかもしれない。
急いで体育館裏に向かう。
彼女はまだ待っていてくれた。
「ごめん、待たせたよね」
「ううん。来てくれて嬉しいよ、猿河原くん」
「それで、話って?」
「私は猿河原くんが好きです。付き合ってください」
「ごめん、たった今馬場さんに告白してきたばかりなんだ。
今、君の言葉に頷くことはできない」
それはあまりに不誠実だろう。
「告白、うまくいったの?」
「いや、ダメだったよ」
「ごめん、猿河原くん。
こんなこと思ったらダメなのに、嬉しい」
「どうして、俺を?」
桃月さんとは、そんなに関わった記憶がない。
「猿河原くんは女の子が強くてもいいんでしょ。
私のお爺ちゃんが古武術の先生なんだ。
いつから始めたかもわからないくらい、小さい頃から、古武術をやっているの。
女の子が古武術なんて可愛くない。
そう思っていたから隠していたんだ。
けど、馬場さんに対する猿河原くんの態度でわかったの。
女の子が強くてもいいんだって」
「だからってなんで?」
「気がつけば、猿河原くんを目で追っていたの。
そしたら君がどんどん気になって」
「そうか。でも俺は馬場が」
「分かってる。でも、私を見てほしい。
本当の私を」
そう言って桃月さんは構える。
「うん、わかったよ」
一気に彼女は動き出す。
何というキレ。
流れるように彼女が見せた型は、馬場を超えていた。
圧倒的なその存在感に、目が一切離せない。
「どうだった?」
「すごい、すごいよ、桃月さん」
「私を、選んでくれないかな」
「もちろんだよ」
「本当?」
「嘘は言わない。
君に魅了されたんだ」
次の日、教室に入ると犬塚と雉木に捕まる。
「さあ、昨日の告白を踏まえて、学園のヒロインを決めよう」
「さあ、行こう」
席まで連れていかれた。
「俺は未だ桃、桃月さんこそがヒロインにふさわしいと思う」
「ふっ、桃に振られてもわからないのか。
鬼こそ、この学園のヒロインにふさわしい。鬼塚こそ至高のヒロインだよ」
「2人とも意見は変わらないんだな」
「「ふっ、俺たちの愛は変わらない」」
「ハモるなよ。一応言っておくけど、下手なことして捕まるなよ。
ストーカーは犯罪だからな」
「ヒロインを困らせることはしない」
「ところでお前は、やっぱり馬場がヒロインだと思っているのか?」
「いややっぱり、桃だろう」
俺は桃と世界を目指す。
あいつなら、総合格闘技世界一も夢じゃない。