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エピローグ



 京都から新幹線で約三時間。

 約二か月ぶりの帝都ではなく、二つ手前の横浜で新幹線を降り、京浜急行に乗り換えて目指すのは皇族の御用邸がある葉山。


 倒れた殿下が鷹司を伴って葉山で静養をしているらしい。

 第九大隊長として最初の仕事は御用邸にいる殿下の護衛。

 鷹司もいるので実質的には小間使いなのだろうが、俺としては殿下が静養しなければならないほど消耗しているとは思わなかった。


「……まぁ、言えないこともあるんだろうが」


 裂海から聞いていたが、進言はできてもそれ以上はしないというスタンスはどうかと思う。

 ぼやきつつ乗り換えとタクシーでの移動を重ねて御用邸まで来た頃には夏の日差しもすっかり傾き、ヒグラシが鳴いていた。


「……あれ?」


 ようやく御用邸が見えたと思えば、門の前にはジーンズに白いシャツという近衛本部では考えられないほどラフな格好の鷹司がいる。


「榊!」

「な、なんですか?」


 視認されたと思えば大声で呼ばれ、早く来いというジェスチャーまでされる。


「よく来た! しかし、予定よりも一時間遅いぞ!」

「すみません。一本乗り逃しまして」

「い、いや、いい。それよりも早く行け」

「はぁ? なんなんですか? ったくもう」


 背中を押され、屋敷へ押し込まれる。

 玄関には小さなサンダルが一足。


「なるほどね」


 どうやら鷹司は殿下と二人きりという状況に耐えかねたようだ。

 不機嫌だとは聞いていたが、どれほどなのか。

 ブーツを脱ぎ、御用邸へ上がる。


「……どこだ?」


 部屋をいくつか覗いてみたが、どこにもあのちんちくりんはいない。

 まさか、裸足のまま外へ出たのかとも思ったが、御用邸の二階、その一番奥、海の見える部屋に殿下はいた。


「殿下」

「……!」


 びくり、と肩を震わせ持っていたぬいぐるみをきつく抱く。

 少し見ない間に殿下はすっかり年相応になっていた。


「どうかしましたか? 私の顔に何かついてます?」

「……さかき?」

「ほかの何かに見えますか?」

「……どうして」


「この度、殿下の専属護衛の任を賜りましたので、ご挨拶です」

 近づき、しゃがんで濡れた目元を拭う。

「こんなに目を腫らして、それに少し痩せましたね? 食べないと大きくなれませんよ?」


「……さかきは、ちかげちゃんの……」

「京都での任務は終わりました。千景様の護衛は第六大隊が引き継いでいます。それとも、私では不服ですか?」


 殿下はふるふると無言で首を振る。

 パジャマなのか、服はラフどころかぐちゃぐちゃ。

 ぬいぐるみを抱いたままだと幼児にすら見える。


「あーあーもう、こんなにだらしない格好でなんですか。私に欲を諭した殿下は、もっと大人びていましたよ」

「……さ、さかき、わ、わたし……」


 大きな瞳に涙が溜まっていく。

 相当な無理をしていたのだろう。苦労が、いや苦悩が偲ばれる。


「もう大丈夫ですから。無理をしないでください」

「……!」


 ぬいぐるみを手放した殿下が抱き着いてくる。

 こんな事、前にもあった気がした。


「……さかきは、もどってこないかと、おもいました」

「仕事ですよ。時にはそういうこともあります」


 今日ここで一つ分かったことがある。

 殿下はまだ子供だ。一一歳の幼女に過ぎない。


 今まで、仕事ならば殿下はわかってくれると思っていた。

 頭がよく、感性にも優れる。人々の気持ちを察し、気を配れる。


 確かに、殿下ならばできる。しかし、それは殿下本人の気持ちを殺すことに他ならない。

 大人ならば耐えることもできたかもしれない。

 しかし、殿下はまだ子供。それを俺を含めた大人たちは勘違いしていた。

 この子は、ただ無理をしてきただけなのだ。


「申し訳ありませんでした。黙って行ってしまったのは契約違反でしたね」

「……わかって、います。わかって、いました。でも……わたし……」

「ええ、それも存じ上げています。今回は私がすべて悪いのですから、どうぞ責めてください。押し付けてください」


 それで殿下の心が軽くなるのなら。


「殿下、これからはどんなことでも私におっしゃってください。そのための昇進です」

「……なんでも?」

「はい。なんでもです」


 ようやく殿下の顔がほころぶ。

 無理をさせ過ぎたと思った瞬間でもある。


「さぁ殿下、食事にしましょう」

「……まだです」

「はい?」


「……ごしゅじんさま……だれですか?」

「京都での話です」

「……いまのごじゅじんさまは、わたしです」

「それがなにか?」


 殿下は急に居住まいを正すと自らの太ももをたたく。

 大きな瞳は不機嫌に細められ、頬が膨らんでいる。

 逆らわない方がよさそうだ。


「これ、やめません?」

「……だめ、です」


 殿下の太ももに頭をのせる。

 懐かしく、帝都に戻ってきたことを実感する。


「……ちかげちゃんは……どんなこですか?」

「はい?」

「……かわいい……ですか?」

「お子様です。殿下と同じ」


 手を伸ばし、小さな顔に触れれば、殿下は猫のように喉を摺り寄せる。


「……かわいい、ですか、ときいて、います」

「背は殿下よりも大きいですよ。後ろも前もぺったんこなのは変わりませんが。顔は……いい勝負でしょう。五年後が楽しみです」


「……もっと、おしえてください。……まけません」

「泣きません?」

「……はい」


 見上げる殿下の顔、その頬に赤みが差す。

 千景の未来、そして殿下の将来を想像しながら言葉を交わす。

 二人の明日に幸多からんことを願わずにはいられない。




 了


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