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三五話



 体と千景の回復を待って、舞鶴から右京区の朱膳寺家へ戻ったのは襲撃事件から三日後のこと。

 一時的に停滞していた事業は政治家城山英雄と鷹司、それに鷹司の本家である財閥が保護に乗り出してくれたことで急速に進むことになった。


 背景は二つ。

 一つ目は広重氏の快復。

 大阪大学付属病院へ転院してからは近衛第六大隊長、立花直虎の協力もあり、固有能力による治療が行われたことで意識を取り戻すことができた。

 今はまだベッドの上だが、近いうちに退院できるだろう。


 二つ目は我らが副長の後押し。

 鷹司財閥の協力は事業が軌道に乗ってからだと思っていたのだが、


『……緊急案件だ。もはやなりふりかまってられん』


 と、鷹司自らが無理を押し通す形で働きかけてくれたらしく、前倒しになった。

 事業全体は広重氏を主体として城山、財閥の人間が補佐し、これまで矢面に立ってきた千景は監査役に収まる。

 京丹波に工場を建設し、浄水施設も併設する。

 雇用も付近から優先して集めて数百人規模となる予定だ。

 

 俺の想定よりも事業規模が大きくなったのは灰重石の鉱脈が思った以上の規模で存在し、継続的な採掘が見込めることにあった。

 現在の取引先は東洋鉱だけだが、生産力が上がれば国内の軍需産業はもちろん、海外との取引まで見込めるだろう。


『遅くなったが、辞令を出した。戻してやれるぞ』


 電話の向こうで鷹司が息巻いている。


「あのですね、私もこちらでやり残したことがありますし、お仕えしている家だってあるんですよ?」

『朱膳寺家のことならば直虎に一任した。第六大隊から護衛として一人派遣してもらう』

「鶴来隊長へはどう説明しますか。領分の侵害になるとか言ってませんでした?」


『……兵庫県警で確保した男の身元が割れた』

「あの黒衣の男の、ですか?」

『京都三家の一つ紫雲寺家の家臣団、今は廃絶した矢矧家の長子だ』


「廃絶したのに、長子ですか?」

『行方不明だったが、生きていたらしい。ここからは私の推察になるが、紫雲寺家は矢矧家を表向き廃絶にしたのだろう。理由は、貴様も知っての通り覚めたからだ。本来は覚めれば近衛へ届けを出し、入隊となる』


「本来は……ですか。では、紫雲寺も矢矧もそれをしなかった。覚めたまま、隠していたわけですね」

『届けを出し、近衛となれば国有となる。しかし、出さなければ好きに使える。京都三家にとってどちらが有益か、少し考えればわかることだ』


 鷹司の言葉に苦いものが混じる。


「今回で露見したわけですから京都三家には少なからず罰則があるんですよね? まさか、お咎めなしってことは……」

『そのまさか、だ』


「……理由をお伺いします」

『今回確保された矢矧家の長子はすでに死亡している。よって覚めたものである証拠がない』

「そ、そんな!」


 冗談ではない。

 そんな横暴、まかり通っていいのか。


『現状であるのは持っていたと思しき刀、病人切り綱之と蜥蜴丸だけだ。二つとも矢矧家の所有だったので、決定的な証拠にはならん』

「私や朱膳寺広重氏の敗血症はどうなりますか?」


『敗血症自体は端的に言ってしまえばどこでも、誰でも発症する可能性がある。因果関係を証明することはかなり手間だ』

「しかし、副長!」

『だから殺したのだ。捕まっても証言できないようにな。覚めたものの証明ができないように、固有の証明も不可能に近い』


「ならば、朱膳寺家を襲撃した連中を追いかけられませんか? あの規模と練度は警察か軍関係と思いますが……」

『それこそ難しい。京都府警と京都三家は癒着している。強引に入り込めば京都と……第七大隊と全面対立になってしまう』


「だからと言って、このまま野放しにするのですか?」

『わかっている。だから鹿山翁に進言し、関東在住の皇族からとして釘を刺してもらった。いかに京都が強大な財力を持っていても、今は帝都の方が主流だ。しばらくは動けんだろう』


「しばらく、ですか?」

『仕方あるまい。状況証拠しかない上、追い込めば東と西での対立を招きかねん。世界情勢が不安定な中で内乱によって国力を落とすなど愚の骨頂だ』

「だったら、これまで京都で流れた血は、千景の両親はどうなるんですか? 無駄死にですか!」


 怒鳴ってしまった。

 鷹司が悪いわけではないのに、怒りの矛先がない。


『悲劇は繰り返させん。朱膳寺千景は私と鷹司財閥、そして近衛第六大隊が預かる。だから……戻ってきてくれ。貴様を必要とされている方がいらっしゃる』


 絞り出すような鷹司の声。

 溜息と深呼吸を繰り返し、怒りと焦燥をどうにか胸の奥にしまい込む。


「……分かりました」

『近々、鶴来殿から呼び出しがあるはずだ。そこで辞令を受け取ることになる』

「最後に直接対決ができるわけですか」


『早まってくれるなよ。帝都に戻ってくるのが首だけではシャレにならん』

「……できるだけ穏便に済ませます。できるだけ、ですが」

『さ、さか……』


 一方的に通話を切る。

 このくらいの意趣返しはさせてほしい。


「というわけです。ご主人様」


 携帯電話をソファーへと投げ捨てる。

 視線の先には千景。

 その口元は堅く引き結ばされていた。



                 ◆



 久しぶりに京都支部を訪れる。

 快晴の空、夏にしては爽やかな風が吹く。

 お盆を過ぎ、季節は初秋へと移ろいでいるかのようだった。


「……どうも緊張するな」

 

 直接の対峙を控えると、どうも思考が逸る。


「! にいちゃん、アンタ生きとったんかい!」

 入り口で守衛のおっさんこと尾上が迎えてくれた。


「尾上さん、ご無沙汰しています」

「それはこっちのセリフや! なんやエライ大変やったそうやんか」

「ご存知ですか?」

「ご存じも何も……こっちや」


 物陰に引っ張り込まれる。


「京都府警のエライさんが毎日入り浸りや。それに、市内でも物々しい事件があったらしいやんか。にいちゃん来んようになるし、心配したんやで」


 周囲を見渡し、前に渡したペン型のボイスレコーダーをポケットにねじ込んでくる。


「アンタから言われて、仕込んどったやつや。上手いことやれたと思うで」

「……ありがとうございます」

「それで、朱膳寺の御嬢さんはどないやの?」


「お元気でいらっしゃいますよ。一度会って、昔の話をしてあげてもらえませんか?」

「ワシなんかが行ったら迷惑ちゃうの?」

「どうしてですか? 喜ばれると思いますよ」


 千景や広重氏なら笑顔で迎えてくれるはずだ。


「……にいちゃん、なんや改まってるな。なんかあったの?」

「今日でこちらを離れることになりました。ですから、ご挨拶です。尾上さんにもいろいろとお世話になりまして、これはお礼です」


 少し厚めの茶封筒を手渡す。

 しかし、尾上の視線は手元と俺とを行き交う。


「そうかぁ、残念やな。せっかく仲良うなれたと思ったのに……。それじゃあ朱膳寺の御嬢さんはどないすんの?」

「九州地域を担当する第六大隊が受け持ってくれます。ここにも時折いらっしゃいますから、お話ししておきますよ」

「ありがとうな。にいちゃんのおかげで子供にも苦労かけんですみそうや。なんやったらこれ……」


 腕時計を外そうとするのを止める。

 まぁ、そこはとっておいてほしい。これからの朱膳寺のためにも。


「大丈夫ですから。……お世話になりました」

「おおきに」


 握手を交わし、京都支部へと入る。

 尾上から受け取ったレコーダーの再生ボタンを押した。


「……これは」


 思いがけない録音の内容に目を見開く。

 疑惑が確信へと変わる瞬間だった。



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