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三二話


 深夜、朱膳寺家を武装集団が襲う。

 この日本で弾丸の雨を体験するなんて思いもしない。


「くっ!」


 頭に、腕に、胴体に、無数の弾丸が降り注ぐが、この程度なら怯まない。

 突進しながら木陰に潜む二人を蹴り飛ばし、至近距離で散弾銃を構えた一人を刀を持った手のまま殴り飛ばした。


「……ってぇな」


放たれた散弾が腕に食い込むがものの数秒で排出され、肉が盛り上がり、瘡蓋ができて剥がれ落ちる。

何度も見た光景なのに未だに慣れない。まるで傷の回復をはや回しで見ているようで気味が悪い。


 もう何人殴り倒したかしれない。

 なのに、あとからあとから湧いてくる。

 少し休もうと動きを止めれば、消音器特有のぶすぶすと空気が抜けるような音があちこちから聞こえた。

 一発一発なら針に刺された程度。しかし、それも続けば足が止まり、最後は決まっている。


「っ!」


 額に重たい一発。

 即席の鉢金が吹っ飛び、視界が一瞬で真っ白になる。刀を地面に突き立て、体を支えた。

 おそらく周囲をぐるり囲まれていて、こちらの移動速度も知っている。

 

 倒されることが前提となっているチームを置き、そこに足止め、狙撃。連携がとれている。

 とにかく、全体の状況を把握することが先決なのにそれすらさせてくれない。

 このままでは遠からず治癒による熱量不足を引き起こす。


「……面倒だ」


 何よりも面倒なのは同じ日本人であること。

 大陸人相手ならいざしらず、この状況では”防人”安吉に頼ることはできない。

 

こうしたとき、他の近衛ならばうまく立ち回ることができるだろう。俺のように殴り飛ばすだけではなく確実に行動不能にする方法もあるはず。

残念ながら俺にその技量はない。切るにも力加減が上手くできず、乱戦なら尚更だ。


「……やるしかないか」


 泣き言をいっても始まらない。

 刀を柄を返し、いわゆる峰打ちの状態にする。これで骨は折れるだろうが死にはしないはずだ。

 跳ね起きて集中力を高め、音を聞く。


 弾丸の風切り音、人間の足音、呼吸音。

 装備や衣服がこすれる音。

 澄ませ、研ぎ澄ませ、と自分に言い聞かせて走る。


「そこだ!」


 後ろからの風切り音、こちらに合わせて動く、複数の音塊。

 荒い呼吸、金属の摩擦、地面を蹴る足音。


「はぁ!」

 

 体を地面すれすれまで這わせるように走り、横薙ぎで銃口を向ける三人を切り払う。

 続いて大きく飛び、繁みで伏せる一人をたたき伏せ、そのまま中庭を駆け抜けて残る二人を蹴り倒し、殴って昏倒させる。


 時計がないので正確な時間は分からないが、息が上がっていた。終わってみれば一〇チーム、三〇人が倒れている。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 肩で荒い息をする。

手加減というのも存外に疲れるものだ。

 休む暇もなく懐から携帯電話を取り出し、コール。

 

 この状態は一人でどうにかできる範囲を超えている。

 救援を呼ぼうにも帝都では遠い。あては一人しかいなかった。


『はい』


 深夜だというのに、ほとんど間を置かず出てくれる。

 関西で頼れるのは、この人しかいない。


「夜分に申し訳ありません、直虎さん」

『トラブルですか?』

 前置きがない。


「お願いがあります」



                 ◆



 特殊部隊の襲撃から逃れた俺たちが目指したのは、京都府北部に位置する舞鶴市。

 ここには港湾法の重要港である舞鶴港があり、常に海軍が駐留している。

 救援を求めた立花直虎が指定したのがこの舞鶴港だった。


             ◇


『私は今、不審船警戒のため舞鶴沖、二〇キロの海上におります。これより救援に参りますが榊殿は舞鶴港、いえ舞鶴市の海軍基地を目指してください』


「わかりました」


『敵はおそらく榊殿の熱量不足を狙ってきます。できるだけ戦闘は避けてください。京都府警も主要な幹線道路には捜査網を敷いていることでしょう。あまり派手に動かない方がいい』


「お気遣いありがとうございます。何とかします」


『私から懇意にしている兵庫県警へ保護の依頼をします。榊殿は山陰本線をつたう様に南丹、京丹波へ抜けるのが最善かと。上手くいけば綾部あたりで兵庫県警とは合流できるかもしれません。入院中である朱膳寺広重氏の保護については大阪府警に依頼します』


「なにからなにまでありがとうございます。このご恩、どこかでお返しいたします」


『榊殿、それは無事にお会いできたときに致しましょう。それではご武運を』

 

              ◇


 直虎さんの協力でゴールが見えた。

 しかし、いくら覚めているといっても京都市から綾部までは遠い。


「はぁ……、はぁ……」

「大丈夫?」

「ええ、問題ありません」


 真夜中、千景を背負いながら、直虎さんの予想通りだった幹線道路での捜査網を避けるように山陰線の線路を走る。

 右京区から京都西山に位置する烏ケ岳の山道を抜け、保津峡から山陰本線の線路へ移る。

 並河、南丹を順調に抜け、朱膳寺家所有のログハウスがある京丹波を過ぎるころには空が明るくなり始めていた。


「……千景様、少し休みます」

「どうかしたの?」


 息が上がる。

 戦闘と逃亡で熱量不足の症状が現れてきた。

 深呼吸を何度か繰り返し、呼吸を整える。近衛になってからはこんなのばかりだ。

 

 線路から少しそれた場所にある公園の自動販売機で飲料水を買い、片っ端から胃の中に入れた。

 疲れた体には甘ったるい清涼飲料水がありがたい。


「行きましょう」

「もう少し休んだら?」

「いえ、先を急ぎます。もうすぐ兵庫県警が来てくれるはずです。そこまでいかないと……」


「でも……」

「私の体より、御身です。これ以上ぐずぐずしていたら、またなにがあるか……」


 はっ、と気付くがもう遅い。

 朝日を背に、人影が立つ。


自らの不覚に唇を噛む。

すべてはこのため、今頃気付いても遅い。

朱膳寺家襲撃は巣穴にこもった俺たちを追い出すためだ。

俺を消耗させ、都合の良い場所で襲う。


千景と俺、二人の口を塞げばあとはどうとでもなる。確実な方法がこれだ。

まんまと誘い出されてしまった。





 黒衣というのは意図が分かりやすい。 

 色々なものを、様々なことを隠したいということ。

 目の前に立つやつが追っ手だということはそれで分かった。

 本当の暗殺者は普段着でやってくる。黒いパーカー、シャツ。こんな時間にその恰好は不自然。


「……」

 

 頭をすっぽりと覆うフードの下には殺気を放つ眼光。

 一人である以上特殊部隊、ではない。

 最悪の想定は同じ近衛が立ちふさがること。

 第七大隊の面々や鶴来本人を相手にする可能性も考えた。目の前の男は、果たして誰なのか。


「千景様、さがっていてください」

「でも……」

「お早く!」


 語気を強めると、千景が体から離れてくれる。

 目の前のこいつが、一筋縄ではいかないことくらいわかる。

 身に帯びる雰囲気すら危険だ。こいつを千景に近づけてはいけない。


「……」

「……」

 

 無言の対峙。

 ”防人”安吉を抜き放ち、正面で構える。

 黒パーカーは体を斜に構え、無手のままだらりと両手を下げている。

 

 ――――どうする。

 

 刀を持たないということは、近衛ではないのか。

 無手なのが不気味さを強調する。

 俺自身、積極的な攻撃が得意ではない。だから、こうした場合に困る。


「……」


 しかし、いつまでもこうしているわけにもいかない。

 少しでも早く兵庫県警と合流し、舞鶴へ向かいたい状況で、時間を浪費し続けるのは自殺行為だ。

 こうしている間にも鶴来が追って来たら俺の腕では逃げ切れなくなる。


「……」

 

 行くしかない。

 攻勢に出て、有効打を与え、どこかで逃げる。

 プランを決め、腹をくくって前に出た。正眼の構えから剣道でいう面攻撃、相手は直前まで避けない。


「っ!?」

「ふっ」


 男は笑みで応じる。

 斜に構えたところから大きくスタンスを広げ、あろうことか腕で刀を受けると、


「ぶふっ?」


 残った方の拳で殴られる。

 顎に衝撃と振動。

一瞬、眼球がひっくり返ったかと思うほどだ。


「うげっ!?」


 仰向けに倒れたところで腹を踏まれる。

 フードから覗く目が薄くなる。笑っているらしい。


「くそが!」


 起き上がろうとするが、三半規管が揺れてうまく立てない。

 そこへ、胸倉をつかまれて無理やり起こされ、浴びるのは拳打の雨。

 跳ねるようなフットワークに左右の連撃。


「ぼ、ボクシング?」


 気付いた時にはもう遅い。左の牽制から右の大砲が飛んでくる。

 袖口に見えるのは銀色に光る刃。


「うぐっ……」


 とっさに肩を挙げて顔面への直撃を防いだ。

 それでも隠された刃が二の腕を切り裂く。


「……よく躱せたな」

「はっ、口はついてるのか」


 強がって見せたられたのは一瞬。

 次の瞬間には傷口から味わったことのない痛みが広がった。


「――――ぐっ!?」


 痛み、それに熱。

 雷に打たれた様に体が痙攣する。

 爪先や指が痛み出し、末端からの痛みが急速に血管を遡り始め、


「うっ、うう……」


 心臓に達するまで時間はかからない。

 耐えることもできず、体が力を失う。


「平蔵!」


 意識が途切れる寸前に聞こえたのは悲痛な叫び。

 涙に濡れる幼子の声だった。



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