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三〇話

 

 事実とは必然の結実である。

 無理をすれば祟り、無茶をすれば道理が引っ込んでしまう。


「殿下!」


 炎天下、移動の最中に日桜が倒れた。

 付き添っていたのは立花でも裂海でも、まして鷹司でもない。

 日桜への対応はかなりマニュアル的であったことは否めない。

 しかし、普通はそんなものだ。あの新米が異常だった。


「すぐに病院の手配を!」


 マニュアル的であっても対応は早く、日桜は病院に担ぎ込まれ、早急な処置が施された。 

 熱中症と心身の衰弱。安静にせよ、が医者からの診断だった。


「私の責任です」


 執務室で伊舞と鹿山を前に鷹司が頭を下げる。

 原因はいくつもあった。

 食欲が落ちていたこと、職務が過酷であったこと、気遣いができる人間が欠けていたこと。


「いや、ワシらにも責任がある。こうした事態を予見できなかったわけではないからな」


 鹿山が唸る。

 誰しもが多忙を窮めていた。そんな中で起こったのだから、必然か。

 食事は、榊がいたならば無理にでも食べさせただろう。


 精進料理では体力が養えない。

 菜食は育ちざかりにはかなりの毒となる。それが分からない三人ではない。

 さりとて皇族にしきたりを破れ、とは言い出せない。


「しばらく静養が必要ね。代役は……探すわ」

「副長は殿下についていてくれ。日桜ともっとも交流があったのはお前さんだ」

「しかし、それではお二人の負担が大きくなります」

 

 鷹司が驚く。

 今でも殺人的なスケジュール。

 それを二人にやらせるのは副長としての体面もある。


「大丈夫だ。昔も大変だったことも山ほどあった。あまり年寄り扱いしてくれるな」

「……大切なのは日桜の体調よ。夏場は特に体力を消耗しやすいんだから、これ以上悪化して肺炎やもっと大きな病気にかからないとも限らないわ」

「申しわけありません」

 

 有り難くも心苦しい。

 そしてなによりも異変に気付きながら放置した自分が許せない。


「殿下は、私が責任をもってお世話します」

「ついでに副長も休め。目の下が真っ黒だぞ?」

「そうね。その調子だと霧姫まで倒れそうよ」


 年長二人の気遣いに鷹司が赤くなる。


「わ、私のことなどお気遣い無用です。こうして元気でおります!」

「とはいってもなぁ。前に風呂に入ったのはいつだ?」

「っ!」


 鹿山も指摘に鷹司が背筋を伸ばす。

 臭うのか、と自らの衣服に顔を押し当てるがわからない。


「そんなんじゃないわ。袖口よ。少し汚れているでしょ? 真面目なあなたにしては珍しいわ」


 伊舞のフォローに今度こそ鷹司は顔を伏せるしかなかった。

 確かに、昨日今日と忙しかった。

 いや、ここ一週間ほど、ずっと。


「日桜と風呂にでも入れ。いいな?」

「め、面目次第もございません」


 こうして思わぬ休暇となってしまった。

 


 

             ◆




 無事に星越との交渉を終えた夜、突然裂海から連絡が入る。

 それもあまりよくない類のもの。


「殿下が倒れた?」


 連絡をもらった時には耳を疑った。


「なにかの病気か? それとも事故?」

『ただの過労よ。ただ、しばらくは安静だって』


 電話をかけてきたのは裂海優呼。

 色々と思うところはある。

 ただ、一つ言えることがあるとすれば帝都はかなり大変な状況にあるということ。


「副長が猫の手も借りたいって言ってたのは本当だったのか……」

『その副長も今日からお休みよ。普段から無理のしっぱなしみたいだったから、仕方ないわね』


「お前は大丈夫なのか?」

『私は海の上だから、陸ほどの苦労はないわね。でも何回か殿下の護衛で国会にはいったわ』


「お前が? 護衛専門でもないのに?」

『あら、私だって近衛なんだから一通りはできるわよ、向かないってだけで』


 裂海は持っている刀も固有も攻撃向き。

 それを借り出すのだから人手不足の証拠だ。


『ねぇ、ヘイゾー。戻ってこない?』

「……戻りたいが、戻れない事情ができた」

『なにそれ?』


「ちょっとやらかしてな。責任をとる必要がある」

『誰かに手を出したの? 女性関係とか子供ならお金で済ませられるでしょう?』

「おい……止めてくれ」


 こいつは年齢や容姿に反して言葉も飾らず、生々しい。

 だいたい、一か月やそこらで彼女や子供を作るほど節操なしに見えるのだろうか。

 だとしたら甚だ不本意である。少なくともそうしたことには段階を踏む。


『まったくもう、何とかしなさいよ! ヘイゾーがいれば、少なくとも殿下の心配はなくなるでしょう?』

「あのなぁ、なんで俺がいると殿下が良くなるんだ? ったく、今まではどうしてたんだよ」


 俺がいなくたって殿下は公務をこなしてただろうし、ずっとやってきてたはずだ。

 それを必要前提でいわれても困る。


『ヘイゾー、私たちは武士よ』

「知ってるよ。まさか、武士だからって殿下の体調管理ができないなんて言い訳にはならないからな」

『主君の顔色を読むくらいならできるわ。でも、そこから先は言えないの』

「はぁ?」


『苦しいから休む、疲れたから止めるというのは殿下や皇族方は考えないのよ。私たちもお諫めはするし、進言はするけど、基本的には意思に添うだけ』

「……そういうことか」

『納得した?』


 裂海たち武家氏族は君主の意思を尊重する。

 今は公務ではあるが、平和になる以前の過去には時には無理をしなければならない場面もたくさんあったはずだ。


 それこそ皇族の言葉一つで様々なことが変わってしまった時代だってある。

 そうした場面においてお休みください、とはいえないだろう。


「俺も強硬に主張したことはないけどな」

『まず私たちはいわないわ。でもヘイゾーは口にするでしょう? そこが大事なんだと思うの。私たちもなるべく言いたいのよ? でも、武士としての教えが常に頭にはあるから、難しいわね』


「悪い慣例ってやつか」

『ヘイゾーなら考えないもんね!』

「まるで悪い、みたいな言われ方だな」


 裂海が笑う。

 確かにサラリーマンでも自社の社長に苦言は言いにくい。

 昨今では改善しつつあるが、一般社会ですらこうなのだから封建制が色濃く残る武家士族ではなおさら仕方ないか。

 ちなみに俺は言う。社長だろうが上司だろうが取締役だろうがあまり気にしない。


「でもな優呼、さっきも言ったが急には無理だ」


 ちらり、と屋敷をみた。

 ようやく朱膳寺家再興の目途が立ちそうなのに、ここで俺が抜けたら千景一人になってしまう。

 守ってやる存在がいなくなれば、一一歳の幼女など簡単に世間に食われてしまうだろう。


『じゃあ、どうやったら帰ってこれるの?』

「今仕えてる家の事業が軌道に乗ったら、だな。少なくともそこまでは帰れない」

『じゃあ早くしなさいよ!』


 電話なのにかなりの圧力だ。

 これは相当切羽詰まっていると考えるべきだろう。


「分かった。少し考えてみる」

『お願いね!』


 通話が切れ、ため息が出た。

 どうするか、と悩みながら振り向けば千景がいる。


「ご主人様、立ち聞きはお行儀が悪いですよ?」

「……かえりたいの? そうよね。だって、あなたは元々向こうの人なんだから」


「千景様……」

「わかってるわよ! あなたがどれだけかえりたいかなんて!」


 押し込めていた感情に火が付く。


「でも……でも……いまのわたしには、あなたしかいないの!」


 抱き着かれる。

 涙、それに震え。

 彼女が抱くのは恐怖か、あるいは――――。


「ねぇ、お願い。お願いだからそばにいて」

「ご心配なさらず。私はいなくなりません」

「ほんとう?」


 広重氏が不在の今、千景をこのまま置いていったのではどうなるか分かったものではない。


「ええ、ですから部屋に戻りましょう」

「うん」


 ようやく笑顔を見せてくれる。

 小さなご主人様を抱え上げて部屋へと向かう。

 殿下と千景、今の俺にどちらかなんて選べるわけがなかった。




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