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六話



「……くぁっ」


 カーテンの隙間から朝日が差している。

 サラリーマンの習慣が抜けずに目覚ましがなる前に起きてしまった。が、十分眠ったはずなのにまだ眠い。体が妙に重いのは気のせいじゃない。


「うー、ダルいな」

 首と肩をボキボキ鳴らしてみても効果がない。

 とりあえず諦めて日課である株価のチェックのためパソコンを探す、が。


「パソコン、ないんだったな」

 ここ、しばらく住むことになった近衛の寮では外部と繋がる端末や機器の持ち込みは制限されている。使う場所や人間はどうやら部隊長以上。

 従ってパソコンはおろか携帯電話すらない。


「腐るな。出世すればいいんだ」

 早速投資を、と考えたのにアテがはずれてしまった。仕方ないのでしばらくは貯金だけで我慢することにした。

 まぁ、金は貯まるのをみていても面白いものなのだが。

 シャワーを浴びて着替えるべくクローゼットを明ければ新品の制服がズラリと並ぶ。

 昨日部屋に戻ってきてみればこの有様だった。適当な一着をとって身につけてみる。


「コスプレってわけにはいかないか」

 姿見に映る自分が笑えてくる。

「ん?」


「およ?」


 振り向けばチャイムもなくドアを開けた裂海と目が合った。

「おはようっ!」

「近衛ってプライバシーないんですかねぇ?」

「ないわっ!」

 

 威張るな。

 場所が場所なら不法侵入で訴えてやるのに、それができない。


「副長から寝坊しない様に起こしに行けって言われたのに」

「それは失礼しました」

 失礼な。

 子供でもあるまいに。


「準備できてるの? じゃあゴハン行きましょう!」

「はっ? 食事? 一緒に、ですか?」

「嫌なの?」

 睨まれる。断るとあとが面倒だ。

「いいえ、ご一緒させていただきます先輩」

「うん! よろしい!」

 先輩の響きにご満悦だ。

 諦めて二人で部屋をでて食堂へ向かう。


「さーて、今日のゴハンはなーにっかな! ねぇ、ヘイゾーは食べ物の好き嫌いはある?」

「……基本的にはありません」

 強烈な馴れ馴れしさに辟易する。

 こんな状況でなければどこかでシメてやりたい。


「じゃあ南にも行けるね。私、ココナッツミルクとか酸っぱいスープって苦手なの」

「南というと?」

「オセアニア諸国連合とかインドシナとか。シャム王国にも軍事教練とかで行ったりするし、カシミールも最近怪しいからその辺も行くわ」

 

 範囲だけ聞くとかなり幅が広い。

 現在の近衛は皇族専門というだけではないのか。ちょっと探りを入れてみたい。


「先輩は近々だとどこへいかれました?」

「ハワイ!」

「リゾートじゃないですか。良いですね、観光ですか?」

「太平洋艦隊との軍事演習! 第七艦隊って強いのよっ!」

「たいへいよう?」

「そう! ロナルド・レーガンの慣熟訓練に付き合ったの。やっぱり原子力空母っておっきくて強いのねっ!」


 一瞬、目が点になる。


「ちょ、ちょっと待ってください」

「なに? どうかした?」

「ロナルド・レーガンっていいました? それに太平洋艦隊って、あの太平洋艦隊ですか?」

「そうよ」

 

 当然のように頷かれる。

 なにかがおかしい。

 自分の知識が確かならば太平洋艦隊に展開するのはジョージ・ワシントンのはずだ。それに空母でロナルド・レーガンは初耳。


「その空母、ジョージ・ワシントンの間違いではありませんか?」

「ワシントンもいたわよ。でももうすぐ退役するから、レーガンはその後任。去年ニューポート・ニューズで進水したばかりだからあんまり連携とれてないかと思ったけど、そうでもなくてびっくりしたわっ!」

「ニュ、ニューポート・ニューズ?」

「知らないの?」

 小娘にキョトンとした眼で見られる。


 自負するわけではないがニュースには目を通している。

 株式投資のために同盟国の情報も同じだ。それなのにロナルド・レーガンなんて空母は知らない。


「そっか、ヘイゾーはまだ基礎知識がないのね」

「むっ」

 なんだその子供扱いのような言い方は。

 年下にいわれたくないセリフだ。


「座学は今日から?」

「その予定です」

「そっか、じゃあすぐにわかるわ。ニューポート・ニューズは民間の造船所で前の大戦から何隻も建造を請け負っているの。空母は初めてだったみたいだけれど、いい船だったわ」

「民間のドックで空母を?」

「向こうだと結構あるのよ。軍事施設じゃないからマークされ難いし、東側も片田舎の造船所で空母造ってるなんて思わないでしょ?」

 なんだそれ、盲点どころか家具屋が車を造るに等しい行為だ。


「なに?」

「い、いえ……」

 うすらボケた顔をしているのに専門知識がぺらぺら出てくる。

 いや、自分が門外漢であるだけだ。勉強すればすぐに追いつける、いや追い越す。

「あとはねぇ……」


 話しが終わらない。

 小娘だと思っていたら意外な伏兵だ。そうこうしている間に食堂へ着く。

「おばちゃん、私日替わり定食! ご飯は超特盛り!」

 普通の社員食堂のように開けたキッチンへ声をかける。そんなに食べたら頭が回らなくなるだろうに、バカは大丈夫なのだろうか。いや、心配はしてない。


「俺はコーヒーください。ブラックで」

「ええっ? それだけ?」

「……それがなにか?」

「足りなくなるよ! もっと食べようよ!」

「そんなにはいりませんよ」

「えー!」

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねて抗議してくる。

 食べ過ぎは血液を胃に集中させることになり、その分だけ思考力が落ちる。常に八分目、いや六分目に抑えるのがクレバーといえるだろう。


「おいしいんだよ? 食べようよ!」

「いや、味の問題ではなくてライフスタイルの問題なんですけど」

 話している間にトレイにはドンブリに山と盛られた白米、青魚の塩焼き、野菜炒め、味噌汁、お新香、果物まで付いてくる。


「うっぷ」

 なんだその量は、見てるだけで満腹になりそうだ。

 膨満感に苛まれながら自分のコーヒーを受け取って裂海と一緒に席につく。

「いただきますっ!」

 裂海は合掌してから勢いよく食べ始める。

 箸がスコップに見えるくらいのペースでドンブリの白米の山を崩す。相撲取りやレスラーでもでもこんなに食べないんじゃなかろうか。


「よくもまぁ、朝からそんなに食べますね」

「近衛だと普通よ、普通。覚めるとものすごく栄養とかカロリーが必要になるの。だからヘイゾーも食べておいた方がいいと思うな」

「とりあえず今のところは兆候がないので慎んで遠慮します」

 こんなに食ったら太りそうだ。


「うーっす」

 そこへ昨日案内してくれた立花も両手にトレイをもってやってくる。そこにも山盛りの定食。皿の上には朝からハンバーグとステーキ。

「あっ、私も欲しいっ!」

 肉に目を光らせた裂海が途中で立ち上がり、調理場にステーキを頼んでいる。

「いったいその体のどこに入るんだよ」


「榊はそれだけ?」

 立花が話しかけてくる。コイツもか。

「朝飯っていったらこのくらいですよ。たまにパンくらいは食べますけど」

「あー、まぁ、そうだよな」

「どういうことですか?」

「いや、俺も去年ここに来たばかりの頃は同じだったからさ。思い出しただけだ」

「去年?」

「そうそう、去年の二月。だからまだ一年半くらいだな」

「へぇ、そんなもんなんですか」

「意外?」

「少し」


 立花は片目だけを器用に細くする。

「ここだと年齢がアテにならないんだ。優呼は一八だけど、ここへ来てもう三年になる。俺は今年二二、覚めるには遅い方だっていわれたよ」

「じゃあ俺は?」

 年下かよ。

 こっちは今年で二五になるのに、年長者に気を使わないやつだ。

「例外なんだろ? 副長がいってた」

「そうでした」


「ねぇねぇ、なんの話し?」

 湯気の立つ肉塊を皿にのせた裂海が戻ってくる。

 どう見ても肉塊は彼女の顔より大きい。それをナイフで切ることもなく肉叉で突き刺したままかぶりついている。皇族直轄ならもう少し行儀よく食えよ、と思ってしまう。


「先輩が先輩だったって話しです」

「なにそれ?」

「ここに来てからの年数だよ。優呼はもう三年になるだろ?」

 曖昧だった言葉を立花が補足する。

「そういうことね!」

 

 一人で納得すると薄い胸を張る。

 うーん、バカが調子に乗ってしまった。

 肉汁を口の周りに付けたまま拳を握る。煽てれば木にも登るタイプなのか。


「ヘイゾーもムネも私よりコーハイなんだからね!」

「わかってるよ」

「そのようで」


 適当に流してコーヒーを啜る。

 二人は早々に食事を終えると任務だと立ち上がる。


「じゃあまたね!」

「頑張れよ」

 

 残された俺は副長の執務室へ向かう。

 まだ、知らないことが多すぎた。




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