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二四話

 

 政治家、城山英雄から資金と人材の支援を受け、忙しくなり続ける広重氏。

 家に押し寄せる人、人、人。変化し続ける毎日。

 様々なことが急速に進む中でも千景はあまり変わった様子を見せない、そう思っていたのだが―――――。


「平蔵、あなたは主人に向かってそんな態度をとるの?」


 一度、油断してあくびをしたら咎められた。

 言葉に遠慮がなくなっている気がする。

 あと、変化といえば、


「アパートにいるくらいなら、そのお金うちに入れて」

 と、やや強制的に同居になった。


 世間体を気にしたのだが、立場としては親戚になっているらしい。

 食事も普通の量では熱量不足になるので昼間、コンビニやファミレスで隠れて食べているところをご近所に見つかったらしく、


「足りないなら言いなさいよ」


 と、かなりの剣幕で怒られてしまった。

 しかし、覚めると大食漢になるので、これは少々心苦しい。


「なに? ご主人様の命令に応じられないの?」

「はぁ、まぁ、そういうことでしたら」

「曖昧なのは嫌いよ」

「……お世話になります」


 なんだろう、殿下よりも面倒くさい。

 共通するのは年齢と、こちらの都合を意に介さないところか。


「もっと、色々なことを教えなさい」

「構いませんが、分野は?」

「あなたが知っていること、全部よ」

「……わかりました」


 事業の手伝いをしつつ家庭教師もやらされる。

 これでは寝る暇がない。


「寝ればいいじゃない」

「夜間の警備があります」

「いらないでしょ?」


 もはやお手上げだ。

 幼女だと思ったのに本質は女王様。殿下にもこのくらいの強引さがほしい。負けてますよ、ちんちくりん殿下。

 こうして毎日がマンツーマンの家庭教師という生活が続く。千景は憑りつかれた様に知識を吸収していく。


「平蔵はなにを調べているの?」

「はい?」


 一応とぼけてみせたが睨まれる。


「まさか、知らないと思ったの?」

「……成果が乏しく、まだお話しするほどのことではありませんでしたので」

「構わないわ。話しなさい」

「西園寺のことです」


 千景の眼が細くなる。


「貴女のご両親も西園寺財閥傘下の銀行員だった。近衛隊京都支部にもその銀行に勤めていたという人物がいます」

「だから、なに?」


「偶然の一致があり、少し疑問が生まれた。だから調べてみよう、と。その程度です」

「なにかわかったの?」


「いいえ。当時の週刊誌、全国、地方両方の新聞を読みました。そこにはかなり無茶な貸し付けと、投資の失敗が原因とありました。週刊誌の中には呪い、とも。しかし、京都支部にいる人物の証言では、そうした事実はありません。これはおかしい」


「証言と記事が一致しないのはあることでしょう?」

「はい。ですが、これほどまでに相反すると疑いたくもなります。今はどちらの可能性もあり得ますから」


 ねつ造なのか虚飾なのか、妄言なのかは今のところ不明だ。


「だったら、どうするの?」

「別に、どうにもできません。私が今頃掘り起こしてなんの得がありますか?」


「……そう、ね。今の言葉は忘れて頂戴」

「もう少し詳しい人物に会わせていただけるなら、調べも進むでしょう。なにかご存じありませんか?」

「いいの。忘れなさい」


 顔は背けるが、不満が見て取れる。

 核心に至るには、まだ足りないらしい。

 

 

                      ◆



「朱膳寺広重が?」


 白髪の老人が眉根を寄せた。


「ああ、なにやら資金集めにはしってるらしい、と……」

「あそこが持っているのはちっぽけな山だけ。それがどうして」

「その山から、なんやエライもんがでたらしい。それも灰重石や」


 坊主頭の男が資料らしき紙束を渡す。


「タングステンだと? 我らが共和国より買い付けようとしているモノと同じだ」

「なに!?」


 白髪の老人が驚きに声を上げる。

 その希少金属を大陸から買い付け、軍需品を生産する五菱重工へ売りつけようと画策していた。


「……これは由々しき事態だ。朱膳寺が再興すれば、散り散りにした西園寺の残滓が集まってしまう。ようやく影響力を無くしたやさきだというのに」

「えらいこっちゃで」


 坊主頭が慌て、黒髪の老人集まったと三人が車座になって顔を突き合わせる。


「まだそんな余力を残していたとは……。しかもメーンバンクが名古屋を中心とする中京銀行、後ろ盾はあの城山英雄だと? どうしてそんな大物が出てくるのだ?」

「城山といえば新潟や。ド田舎の政治家がどうして……」


 三人はそこで一人の人間に行き着く。

 以前もここで話題に上った青年、新潟と朱膳寺を結ぶのは彼しかいなかった。


「そういえば、坊ちゃんの専門は土石やったな」

「ええ、それに合弁会社設立にも寄与した過去がある」


 仕掛けは間違いなく、あの榊平蔵。

 朱膳寺もろともじわじわと締め上げるはずだったのに、ここへきて存在感を増している。

 想定外どころではない。


「たかが、いち近衛の分際で我らに逆らおうというのか……」

 白髪老人の瞳に怒りが燃える。

「すぐに事業の妨害をせねば!」

「人も集めなあきませんな」

「……もう一押ししましょう」


 坊主頭の言葉を黒髪が遮る。


「中核となっているのはあの老いぼれ。小僧は死人扱いで表に出ることなどできない。周囲を固める城山の手のものも、発起人がいなくなれば空中分解するでしょう」

「……使いますか?」

「いえ、まずは小僧に手を引かせる。最善ではありませんが、やむをえません。それでもあきらめなければ……」


「わかりました。では鶴来に伝えましょう」

「そのあとは、いつものようにするだけです」

「まったく、大人しくしていれば長生きできたものを」


 三人が笑みを浮かべる。

 ひと一人をどうにかすることなど簡単なことだった。



                    ◆



「榊君」


 ある朝、広重氏から呼ばれる。


「なにかありましたか?」

「ついに来たようだ」


 広重氏の神妙な面持ちに思い当たることは一つ。


「旧華族、京都三家からの圧力ですか?」

「城山先生の協力者の方から地上げ屋が来た、と。近衛は京都三家、特に三条家は近衛と深いかかわりがあると聞きますから一応、と思いましてね」


「ありがとうございます。ですが、私がお仕えするのは千景様です。京都支部ではありません」

「それを聞いて安心しました。早速工場建設の妨害工作をしてきましたよ。環境汚染と粉塵、騒音、まだ始まったばかりだというのに……」

「随分と手回しが早いですね」


 建設予定地では整地に取り掛ろうというところなのに、気が早いにもほどがある。


「ですが、榊君。この程度は城山先生にお教えいただいた通りです。こちらのやることは変わりません。毅然とした対応をとり、決して屈しません」

「意気込みは大変頼もしく存じますが、この先は間接的な妨害ばかりとは限りません。どうか一人で出歩くことはお控えください。民間の警備会社に依頼をして、傍に付いていただくのはどうでしょう」


「直接的な脅しがくる、と? ここは法治国家、それも京都です。まさか、そんなことは……」

「可能性がないとは言い切れません。広重さんに何かあれば事業の継続そのものが危うい。用心に越したことはありません」


 たしかに、物理的な脅しなど現代では考えにくい。

 しかし、ないとは言い切れない。


「わかりました。警備会社に依頼しましょう。榊君も千景のことをくれぐれも頼みますよ?」

「お任せください」


 広重氏と首肯を交わす。 

 京都支部から呼び出しがあったのはその日の午後になってからだった。




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