五話
「ご苦労だったな」
「……本当ですよ」
入隊式が終わって、今は鷹司の執務室、あの乱雑を絵に描いたような場所にいる。
まだ緊張で体が強ばっているような気さえする。
まさか、殿下が出てくるとは思わなかった。
「おめでとう。今日から貴様も近衛の一員だ」
「一つ確認させてください」
「なんだ?」
「近衛というのはどういうものなんですか。帝国軍とは違うんですか?」
「順を追って説明しよう。正式名称は近衛軍近衛師団第一歩兵連隊という。長いので皆は近衛、近衛隊と呼ぶ」
「でも軍隊ってことですよね?」
「ああ。軍は軍でも近衛は独立軍だ。従って帝国軍の指揮下にはない。元々は皇族を守護するために設立されたものだが、今ではそれ以外も行う。近衛軍の最高司令官は陛下だ。しかし、貴様も知っての通り陛下は今は臥せておられる。そこで全権代行として殿下がおられるというわけだな」
「つまり、俺は皇族の直轄軍に入ったわけですか?」
「その通りだ。近衛は覚めたものだけで構成された軍隊。主に皇族の守護をする」
「朝迎えにきた裂海って子や立花もですか?」
「ああ」
これは凄い、なんて単純な話しじゃない。
直轄どころか私設軍みたいなものだ。
「いくつか質問があります」
「許可しよう」
「覚めたもの、というのは?」
「歴史上に登場する神懸かり的な力を持った人間、それに類するものと考えればいい」
「どう考えても人間じゃないものの総称、ですか?」
「だいたいそんなところだ。今回の件で元老院のジジイどもは慌てていたよ。まさか現代においても覚めたものが市井からでるとは想像もしなかったらしい」
皮肉を並べたつもりだったのに肯定されてしまう。
「現代、市井というのは?」
「ここ一〇〇年の間、覚めたものは士族、譜代武家からしか輩出されていない。貴様のように血筋をたどっても関わりがない人間が覚めたというのは稀だ」
「俺が寝ている間にずいぶんとお調べになったのはそのためですか?」
「普通でも入隊に際しては調べるが、貴様の場合は出自が出自なだけにかなり念入りにやった。中には監禁という案もあったが、今は猫の手も借りたい時勢。押し切ってやった」
鷹司の眼には得意気な色が浮かんでいる。
「あなたが?」
「私のことは副長と呼べ。貴様は見習い、不敬があれば懲罰対象だ」
最悪な上司だ。
顔は良いのに性格はねじ曲がっているらしい。
「今は許す。とはいえ気を付けろ。私だけではない、近衛の中にもそうした連中がいるということを覚えておけ」
「……わかりました」
面倒この上ない。
「貴様はまだ信用がない。世襲でいるわけでも認められたからいるわけでもない。覚めたからいるだけだ」
その口調だと信用どころか何かあれば監禁や牢獄生活が待っているのかもしれない。
問題を起こせないといったところか。
「任務に就くためにもしばらくは訓練と座学を受けてもらうぞ。いいな?」
「わかりました」
まぁ、こちらとしてもその方がありがたい。
明日から現場に出ろといわれても困る。
「うむ、ならば今日はここまでだ。明日に備えて休め」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
「馬鹿者、敬礼をしろ。入退室もそうだが、誰かと会ったときは必ずだ。一番の下っぱなのだからな」
「……わかりました」
めんどくせぇ。
とりあえず見様見真似で敬礼をする。
「違う、肘をもっと上へ向けろ。手のひらは見せるんだ」
「こう……ですか?」
言われたとおり手のひらを鷹司に向け、肘を肩の高さまで上げる。
かなり妙な敬礼だ。
「手の内は見せるという近衛独自の敬礼だ。覚えておけ」
「……承知しました」
「よし、行っていいぞ」
もうすでにぐったりだった。
29日の更新は6時、11時、17時の予定です。