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一五話


「やりすぎですね」

 千景を襲った犯人を切った件で案の定、鶴来に怒られる。


「申しわけありません」

「犯罪者とはいえケガを、それも刀で負わせる必要はありません。近衛の力ならば無傷で制圧できたはずです」

「申し訳ありません。すべての責任は私にあります」


 この辺りは弁明の余地もないので素直に認める。

 頭に血が上ったのは事実であり、切ったのも事実。

 反論はない。


「しかし、あの男には余罪がかなりあることが判明しました。よって功罪相殺とし、今回の件は不問とします」

「……はぁ、ありがとうございます」


 余罪は付けたのか、あるいは……。

 いや考えないでおこう。


「京都府警には私から話しておきます。以上、さがって結構です」


 一方的に会話を打ち切ろうとするが、それでは困る。

 こちらにはまだ確認したいことがある。


「お待ちください。あの男はどうして千景様を襲ったのでしょうか。動機などをお聞かせ願いたい。また、今回の襲撃が予見されたものなのか、あるいは偶発によるものでしょうか?」


 俺がこっちに呼ばれた理由は千景に危機が迫っているからだ。

 呼ばれた理由がブラフだったとしても、今回の件で危険が取り除かれたのだとすれば帰る切っ掛けになる。


「あの男は薬物中毒です」


 なのに、鶴来の口から出てきたのは意外な言葉。


「服用していたのは巷でハーブと呼ばれるものらしいですが、詳細な成分については調査中です」

「そ、そんな! あの変化、いえ、変貌は尋常なものではありませんでした。あれが薬物とは到底思えません」


 男の変わりようは異常だ。

 千景を見るまでは普通だった。

 それが数分の間に正気を失ったかのような変貌を遂げたのは薬物の一言では説明がつかない。


「君が思うか思わないかなど、問題ではない。君の説明には具体性がなく薬物への知識がないことの証明でしかない。専門家である京都府警の鑑識が薬物だと断定した。いったい、どちらに説得力があるのですか?」


「……っく」


 痛いところを突かれてしまう。

 記録映像でもあれば別だが、そんなものを悠長に撮影している暇なんてなかった。


「今回の事件は偶発的なものです。君は今まで通り護衛を続けてください」

「……」


「まだ何かありますか?」

「いえ」


 口を噤むしかない。

 証拠と呼べるものは一切ない。

 鶴来と京都府警とがこんなにも癒着しているとは思ってもみなかった。


「……そういえば君は鷹司から携帯電話を持たされていましたね?」

「はい。格別の計らいにより賜りました」


「では置いてきなさい。私の麾下でそのような自由は許されない」

「承知しました」


 まさか、携帯まで没収されることになるとは思わなかった。

 仕方なく携帯を置く。


「どうかしましたか。下がって結構ですよ」

「はっ、失礼します」


 敬礼をして退室する。

 残るのは苦い後味だけ。


「結局、なにもわからないまま、か」

 

 言葉だけがむなしく消える。

 収穫はゼロ。ただ千景に怖い思いをさせただけだった。

 意気消沈のまま京都支部内を歩いていると、 


「アンタ、またやらかしたらしいな」

 入口のところで守衛のおっさんが待っていた。

「ええ、はい」


 切り替えて、努めて笑顔で応じる。

 最近ではこの似非インテリキャラが好きになりはじめてきた。歪んだ発散方法だ。


「そうだ、折角ですから少しお話しできませんか?」

 懐から万札を取り出し、おっさんのポケットに差し込む。

「! え、ええで。少しだけやったらかまへん」

 このまま帰ったのでは本当に何の収穫もない。今は少しでも情報が欲しかった。


「そういえば、お名前もお伺いしていませんでしたね」

「そうやったかな。わしは尾上いうんじゃ」


 おっさん、尾上が歯を見せて笑う。

「まぁ、立ち話もなんやから」

 守衛の待機室へと手招きをされる。

 千景のことが気になったが、まだ夜に差し掛かったばかり。広重氏もいることだし、少し話を聞くのも悪くない。

「では、お言葉に甘えまして」


 似非臭い笑みを浮かべる。

 せいぜい情報収集に努めるとしよう。



                        ◆



「兄ちゃん、ヨーカン食べるか?」

「いただきます」


 四畳ほどの小さな部屋にちゃぶ台、蛍光灯。

 前時代から持ってきたかのようなレトロ感で渋いお茶と羊羹をご馳走になる。


「尾上さんはここでずっと勤務を?」

「ちゃうで。ワシはもともと西園寺の銀行で営業やっとたんやが、破産してもうてな。ここに拾われたわけや」

「西園寺……」

 

 ここでも西園寺の名前が出る。


「兄ちゃん、歳はなんぼや?」

「二五です。尾上さんはお幾つですか?」

「ワシは五三や。それにしても二五……かぁ~、若いなぁ。それでこんなもん買えんねやから近衛っちゅうんは凄いもんやで。いや、ワシも若いころはブイブイ言わせとったんやけど、比べ物にならんなぁ。鶴来さんなんか見てみい、頭の天辺からつま先まで仕立ては全部特注! あれこそ男の夢やで」

 

 あげた時計を見ながら力説される。

 鶴来の恰好。そこまでちゃんと見てなかったが、一点もので設えればかなりの額になるだろう。

 近衛で服飾に金を使う例は珍しくない。

 よくあるのは贅を尽くした食事、たくさんの愛人を囲うものもいる。

 執着がない鷹司や裂海、立花が異常なだけだ。


「アンタらの年俸は億を超えるらしいやんか。お偉いさんに付いて回るだけで億貰えるんやから役得やで」

「そうでもありません。こちらは護衛が主な任務ですが、帝都の近衛はかなり忙しいですよ。海軍と連携して海に出っ放しということもよくりますから」

「はぁ~ん、こっちの連中みとるとそんな様子はないからなぁ。ワシらにはエライ楽してるように見えるわ」


 段々と愚痴っぽくなってくる。

 あまり聞きたくもない話しに移る前に話題を変えよう。こちらが欲しいのは情報だ。


「お伺いしたいのですが、京都府警と鶴来隊長はどのような関係ですか? 先日の対応といい、親密さを感じるのですが」


 千景に通報された時、府警は近衛を公権力に従わないこと存在であることを知っていた。


「ダメやで、京都府警と鶴来さんはズブズブやねん。問題が起こっても握りつぶされるのがオチや」

「かなりの癒着があると思っても?」

「当たり前やん。癒着どころかくっついて離れへんよ。鶴来さんは三条家臣団の出身や。この京都で三条家に盾突ける存在なんておらんがな」


「三条家? 華族ですか?」

「兄ちゃん、ホンマに知らんの?」


 まじまじと見られてしまう。

 尾上の反応からして京都では常識なのだろう。


「あまり詳しくは……。なにしろ近衛にも成り立てでして。ご教授頂けるとありがたいのですが」

 申し訳なさそうにしてもう一枚をねじ込む。

「三条ちゅうたら京都の財界仕切る一派の親玉や。シンパもぎょうさんおるし、逆らうと京都ではいきていけん」

「一派と仰いましたが、京都の有力な家というのはあとはどこがあるんですか?」


「三条家、九条家、紫雲寺家が大きなところやな。昔は西園寺もはいっとったが、銀行つぶれて一家全員病死してからは、そっくり三条家が買い取ったんや」

「……なるほど、覚えておきます。先ほどから西園寺の名前がでますが、尾上さんは朱膳寺という家はご存知ですか?」

「しゅぜんじぃ?」


 語尾が上がる。


「ええ。私が今お仕えしている家なのですが、西園寺の流れを汲む家です。尾上さんも西園寺の銀行ご出身ということなので……」

「知っとるもなにも、朱膳寺いうたら本店の取締役や。ワシらからしたら上も上やったけど……兄ちゃん、ホンマに朱膳寺におるんか?」

 

 頭の中で銀行の役職を並べる。

 うろ覚えだが上から頭取、副頭取、取締役、本部長、部長、副部長だったと思ったので三番目にあたる。つまり、千景の父親は銀行員としてかなり中枢にいたらしい。

 ならば、なおさら聞かなければならない。


「ええ。なにかご存知なら……」

「ご存じもなにも、朱膳寺いうたら随分良うしてもろた人や。ワシだけやない、みんな世話になった。先々帝のお孫さん嫁さんに迎え……アンタ、千景ちゃんに仕えてんの?」

 

 細かった尾上の目が見開かれる。

 どうやら琴線に触れるものがあったらしい。


「はい。今は朱膳寺千景様にお仕えをしております。尾上さんも千景様をご存じだったのですね」

「直接見たんは葬儀の時や。当時は……小さかったなぁ。あれから五年、ずいぶん大きいなったやろなぁ。元気でおられるか?」

「はい。ご立派になられています」

「そうか……そら良かった」

 

 尾上は当時へ戻る様に、かみしめるように天井を仰ぐ。

 千景の両親がどれだけ慕われていたのかを垣間見るようだ。

 これなら情報収集もやり易くなるだろう。場合によっては協力も取り付けることができるかもしれない。


「お話を伺うに、当時の西園寺はかなり結束が強かったように見受けられますが……」

「地域色が強かったいうんかな。ああ、でも身内びいきはせえへんかったで、ホンマや。西園寺財閥はかなり手広くやっとって、その柱が銀行やった。でも……」

「不幸な事故が続いた、と」


「せや。銀行がやホテル、不動産業とグループもドミノ倒し。当時はなんでもかんでも呪いや祟りや、と騒がれたなぁ」

「実態はどうなのでしょう。営業マンであった尾上さんからはどう見えましたか?」

「真っ当やったよ。それどころか正直すぎて笑ってしまう程や。でも噂にはかてんよって、そのままや」


 思った以上に根が深そうな問題だ。

 千景の護衛ばかりで気が回っていなかったが、もう少し調べる必要があるのかもしれない。

 羊羹の一切れを口に入れ、お茶で飲み下す。


「ご馳走様でした。そろそろ戻ります」

「ほうか。ワシで良ければまた相談にのったる。朱膳寺の御嬢さんにもよろしゅうな!」

「ありがとうございました。失礼します」


 夜の帳が降りる頃、京都支部を出る。

 思わぬ収穫ができた。そんな夜だった。 


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