七話
「……結構長かったな」
目立たないようスーツに着替えて東京駅から新幹線で四時間、京都へ降り立つ。
ちなみに”防人”安吉は置いてきてある。公共の交通機関に刀を持ち込むのは問題があるからだ。
今は最低限の能力維持に、と扇子に仕込んである小柄小刀を携帯しているだけ。
「中学の修学旅行以来だから一〇年くらいか」
平日だというのに人でごった返すフロアを抜けて正面出口に立つと、そこには黒塗りの国産車に黒のスーツ姿の女性。
ご丁寧にサングラスまでかけている。目立つことこの上ない。
「……お久しぶりです。直虎さん」
「榊殿も息災であられたか?」
サングラスを少しずらして笑顔を見せてくれたのは立花直虎。
九州を代表する譜代武家、立花家の当主代行にして帝都に勤務する立花宗忠の義理の姉。
鷹司に聞かされていたので驚きはしないが、さすがにその格好はどうかと思う。
まぁ、いいか。
階段を下り、車の前までいくと、直虎さんは革のグローブをとり、右手を差し出してくれる。
「よく私だと分かりましたね」
「義弟の命を救っていただいた恩人です。当然ではありませんか」
握手を交わす。
冗談のような格好で、真摯な言葉を紡ぐ姿は実直さと誠実さの体言。
この人は本当に武士のようだ。
「さぁ、どうぞ。京都支部までご案内致します」
「恐縮です」
促されて国産車の助手席につく。
直虎さんは当然運転席。他意はないのだろうが、案内というよりは連行されている感覚だ。
「榊殿、京都は初めてですか?」
「いえ、修学旅行で一度だけ来たことがあります。とはいっても、バスの移動で観光地ばかりです。まさか、こうして働くことになるとは思いもしませんでした」
率直な感想を口にする。
「実は、私も驚いています。副長から伺ったときはまさか、と思ったものです」
「その……幾つか伺ってもいいですか?」
「私で答えられる範囲ならばなんなりと」
「では、鶴来という人のことを。直虎さんの知っている限りお願いします」
「分かりました。鶴来殿は第七大隊長にして滋賀、奈良以西を統括する京都本部の責任者です。年齢は五五歳、近衛では伊舞殿と鹿山翁に次ぐ古参であらせられます」
「古参……ですか」
「一五歳で覚めてから訓練期間を経て実働は四〇年を超えています。共和国や連邦とも戦い、第一次、第二次南西諸島海戦、カムチャッカで雷帝とも相対したことがある方です」
「……」
経歴だけ聞くと凄まじい人だ。
あとで鹿山のジジイにでも確認をとる必要がある。
「現在、京都支部を含む京都、大阪、兵庫を第七大隊が担当しています」
「前も思ったのですが、隊の数が位や強さに直結しているわけではないんですね」
直虎さんは第六大隊長、鶴来は第七大隊。
数字だけ見てしまうと劣るように思ってしまう。
「その通りです。隊の成り立ちに遡り、担当地域の違いによるものです。我が隊は九州は八幡を本拠地として対馬、隠岐に駐留しています。大陸からの最前線、また領海を護るため海軍とも連携しています」
「八幡ですか。今回京都におられるのは……」
「福井での任務帰りです。報告のため京都本部に居りましたところ副長よりご連絡をいただきました」
「福井?」
ピンとこない。
福井になにかあっただろうか。
「原発が有りますので、定期的に海軍と見回りをしております」
「なるほど、そこですか」
納得。
そのまえに違和感が一つ。
「あの……敬語やめてもらえませんか? 私の方が新入りですし」
「それは出来かねます」
きっぱりと宣言される。
「あの、宗忠ならもう元気ですよ? なんなら一昨日も一緒に仕事をしましたし」
「お気遣い感謝いたします。ですが、恩人という事実に変わりはありません」
まぁ、これは仕方ないか。
ハンドルを切りながら返される。
せっかくの美人なのに、横顔には真面目と実直さが貼り付いているようだ。
もう少し余裕があると魅力的なのだろうが、こればかりは仕方ない。
視線を外に向けるとちょうど京都御所が見えた。
ここは皇族が都を東京に移したあとでも正月を含めた年に何回かの儀式が執り行われている。
「……何度かは会うか」
ふとチビ殿下の顔が浮かんだ。
時刻は一七時。そろそろ帝都へ戻ってきている頃、鷹司はうまく説明しくれているだろうか。
「んん?」
考えているうちに車は京都御所を通り過ぎる。
「あの、京都支部ってどこにあるんですか?」
「帝都本部は御所に隣接していますが、京都支部は東山にあります。京都市と滋賀県大津にまたがる一帯が京都本部となっています」
「……あとで地図をみます」
「それが宜しいかと。地形の把握は兵法の必須。榊殿は良い武士になられることでしょう」
「武士、ですか」
今でもその言葉には違和感がある。
刀を持ち、切った張ったをするのはどうにもなれない。
正直、殿下の護衛をしている方が性に合っている気さえする。
ぼんやり考える間に、なだらかな山裾に林と石の塀で囲まれた建物が見えてきた。
入り口には守衛。
直虎さんが車の窓を開けて守衛に挨拶をする。
「榊殿は第七大隊の所属となりますのでまずは鶴来殿にご挨拶を」
「わかりました」
車が建物の前で車が止まる。
さて、少し気合いを入れよう。異動転勤は初日が大事だ。
「私もともに参ります」
「ありがとうございます。ですが、私一人で大丈夫です。社会人であれば異動はあることですから、ご心配には及びません」
仕事の一環だ。
別になにか緊張するわけでもない。鷹司は心配そうにしていたが、これは仕事。派閥争いに興味はないし、与えられた仕事をこなすだけ。
「……では、なにかありましたらご連絡を」
携帯電話の番号は勿論、実家である立花家の番号まで入っている名刺を受け取り、車を降りた。
「ご配慮、ありがたく頂戴します」
直虎さんといるとこちらも丁寧な口調になってしまう。
「榊殿、ご武運を」
車の後ろを見送り、京都支部へと足を踏み入れる。
転勤でも異動でも、初日が大事だ。
「よし、いくか」
気合を入れる。
しかし、待ち受けていたのは意外なものだった。
◆
榊平蔵が京都へ着いた頃、御所へ戻ってきた日桜に鷹司が問い詰められていた。
理由は簡単、裂海優呼からの漏えいである。
近衛内では榊の異動が瞬時に知れ渡ったからである。
「……もういちど、いって」
「で、殿下」
書類に埋もれた執務室で鷹司が困り果てた顔をしている。
「で、ですから榊は異動になりました」
「……どうして?」
正座する鷹司霧姫に日桜が詰め寄っている。
普段はおとなしい日桜と気丈な鷹司。立場は完全に逆転していた。
「どうしてと申されましても、西からの要請です。榊も正式所属ですので、異動の申請を無碍にはできません」
「……どうして、きょかをしたの?」
「鶴来殿から重要かつ迅速な対応を、とのことでした。殿下もご存じかとは思いますが、京都は多くの皇族の方々もおられます」
「……どうして、さかきなの?」
「……」
鷹司は答えられない。
脂汗を流すだけだ。
近衛内でのもめごとなんて口が裂けてもいえない。
「……どうして?」
普段ならばあまり我が儘をいわない日桜が口をへの字に曲げる。
よほど腹に据えかねているのか、はたまた納得をしていないのか。
しかし、良くない兆候であるのは事実だ。
「殿下、あまりこういうことを申し上げるのは如何かと存じますが、私にも立場があります。近衛としての要請、決定には応じなければなりません」
「……でも、さかきじゃなくても」
「私もそうは思いますがこれは関西、牽いては京都からの要望です。そこに不備があれば、我らの存在理由が危ぶまれます」
鷹司が苦しみを吐露する。
「榊は入隊こそ間もないですが、固有を持ちある程度の場面に対処できます。仕方ない、とは申しませんがご辛抱ください」
鷹司の懇願に日桜がようやく腰を下ろす。
分かってくれたか、そう思った鷹司だったのだが、
「……さかき」
うつむいた幼女からこぼれたつぶやきに気づくはずもなかった。