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五八話



 白が見えた。


 気がつけば、真っ白な天井がある。


「うっ……」


 目を動かしただけで気分が悪い。

 それに、身体中が痛くて重い。

 首を動かすのさえ億劫だ。


 何から何まであのときと同じ。

 悪い冗談のようだ。


「あっ、起きた」


 横を向けば裂海がいる。


「大丈夫?」

「……大丈夫だ」

「どこも痛くない?」

「痛い」

「ふーん」


 顔を覗き込まれる。


 白亜の部屋、ではなく見渡せば普通の病室。

 今回は拘束もされていない。

 窓からは眩しいばかりの光。


「起きられる?」

「たぶん、な」


 身体中が悲鳴をあげているが、それだけだ。

 起き上がれば素っ裸。手には”防人”安吉。


「見た?」

「可愛いね!」

「でてってくれ」


「せっかく暇を見つけてお見舞いにきた命の恩人に、そんなこというの?」

「……そうだったな。すまない、ありがとう」

「うん、いいのよ! 生きていて何よりだわ!」


 笑顔。

 殿下が可憐に咲く桔梗だとするなら、こいつは大輪の向日葵。

 底抜けな明るさに救われる。


「それで、色々聞いていいのか? ここはどこだ? あと、裸なのはどうしてだ?」

「詳しい話は伊舞さんに聞いて。ここは近衛管轄の病院。あと、裸なのは出血が酷かったからよ」


「どのくらい経った?」

「えーっとね、一週間くらいかしら。容体が安定してきたのは昨日からよ」


「一週間もか。よく生きてたな、俺」

「私もそう思うわ。ヘイゾーの場合、心臓が止まらなかったから脳が無事だったってのも大きいみたい。さすがに覚めててもここがダメだと手の施しようがないから」


 裂海が頭を人差し指で小突いてくる。

 段々と記憶が甦り、虎の言葉を思い出した。

 心臓は止まらなかったのか、あるいは止まってくれなかったのか。


「あっ、そろそろ時間だから行くね」

「ああ」


 部屋の時計をみて、手を振る。

 時刻は午前六時。

 どうやら仕事の前に来てくれたらしい。


「ヘイゾー」

「なんだ?」

「お帰り。じゃあね!」


 振り向くことなく、跳ねるような足取りで行ってしまう。

 後ろ姿を見送りつつ、とりあえず着るものを探す。

 出歩くにしろ、素っ裸ではいられない。

 そのくらいの恥じらいはまだあるつもりだ。



                ◆



 それからは千客万来だった。

 裂海が伝えたからなのか、病室には絶えず人がやってくる。


「元気そうね」

「おお、生きとったか」


 最初は伊舞に鹿山の年寄り二人。

 治療は伊舞がしてくれたらしい。どこをどう治療したのかは聞きたくない。


「大変だったんだから。内臓は半分溶けているし、血管もズタズタ。あれでよくもショック死しなかったものだわ」

「そんなに酷かったんですか?」

「普通の医者なら匙投げてるでしょうね。とにかく瀉血させて毒素を排出してから諸々の治療をしたけど、覚めてても危なかったわ」

「うっ……」


 内臓が溶けるとか聞きたくない単語だ。

 そんな状況でも助かるというのは改めて良いような、悪いような。


「あと、霧姫にお礼言っておきなさい。足りなくなった血はあの子が提供してくれたのよ」

「副長がですか?」

「ええ。アンタの体に今流れているのは三割くらい霧姫のものよ。あの子も本当に甘いんだから」


 やれやれ、と伊舞が首を振る。


「坊主、今回は良くやったな」

「ど、どうも」


 今度は鹿山のジジイ。

 戻ってきているということは雷帝の件はどうにかなったらしい。


「詳しい話はまた後々に聴くことになるが、生きて戻ったことが何よりだ」

「ありがとうございます。こんな体たらくではありますが」

「まったくだ。優呼から聴いたが、ひどい状態だったらしいな。だが、お前にまともに戦えるだけの技量を授けてやれなかった儂らにも責任がある」


 神妙に頷く鹿山に嫌な予感が脳裏を過る。

 これはあれだ。さらに訓練が厳しくなるのが目に見えている。


「これ、嫌そうな顔をするな。優しくしてやるぞ。なるべくだがな」

「お、お手柔らかに」


 ジジイが笑う。

 しばらく入院していたくなった。


「じゃあ私たちは行くわ」

「うむ、一日でも早く復帰するのだぞ」


 二人が行ってしまう。

 

「よう、榊」

「立花!」


 次に来たのは同じ病院服を着た立花。

 立ち上がって迎え、パイプ椅子を用意する。

 よく見れば顔色が悪い。まだそこまで良くなっていないのだろう。


「今回はすまなかった。護衛のはずの俺がこうもあっさりやられて」

「結果としては虎も捕まえられたし、お互い生きてる。それよりも出歩いていいのか? 顔色悪いぞ」

「ああ、少しくらいなら大丈夫だ。血清のおかげで解毒はできたんだが、ダメージが結構残ってな。復帰にはしばらくかかる」


「俺も内臓半分溶けたらしいから、しばらく入院できるのか?」

「榊はもうほとんど大丈夫だって聞いたぞ。みんな驚いてたよ。とんでもない生命力だって」

「……嬉しくない」


 どうして立花はダメージが残って、俺は大丈夫なんだ。

 あれだけ大変な目にあったのだから、しばらくはのんびりしていたい。


「機密扱いみたいだから詳しい話が副長からあるだろうけど、榊の固有ってのはそういうものらしい」

「虎からは狂ってる、っていわれたよ」

「かもしれないな。俺の場合は内臓やら心臓の組織を変質させて、ある程度毒から守ったのに、榊の場合は毒が直接的に作用しても一週間やそこらで治る。学会に発表したら垂涎の的になる」


「……やめてくれ。まだ人類を卒業したくはない」

「プラスに捉えろよ。近衛でも少ない固有持ちになったんだ。権限が増えるぞ」

「考えておくよ」


 立花とはそれからもしばらく言葉を交わし、昼近くになってから別れた。

 犠牲者はでたものの、戦友が生きていてくれたことが嬉しい。


 それからは食事をとり、疲れたので横になる。

 手にした“防人”安吉を抜いてみても、特に変化はない。

 銀色の刀身は光を映すだけで、嵐は起こらない。やはり相手がいないからなのか。


 考え事をしていると眠くなったので目を閉じる。

 次に眼が覚めたのは空が朱に染まる頃、病室のドアを叩く音が聞こえたからだ。


「入るぞ」

「……どうぞ」


 入ってきたのは案の定、鷹司。

 いつも通り眉間にシワを寄せ、形の良い眼の下には隈。

 口唇は固く結ばれ、顔色は疲れが隠せていない。


「思ったより元気そうだな」

「副長は相変わらず忙しそうですね」

「第五大隊に欠員、立花の負傷。事件の処理に細々とした雑事。貴様が羨ましいよ」


 不意に鷹司が笑う。

 弱音を吐くのが珍しいのと、斜陽の光も相まって可憐に見えたのは黙っておく。


「事件の顛末から伝えよう。今回の件、職員として入り込んでいたのは当日派遣された人間だった。捕らえた女は記憶がなく、派遣会社もダミー、現在も捜査中。責任をとって県知事は辞任した」

「虎からなにか情報は?」

「黙りだ。今は自殺されないように拘束している。あとで貴様にも面会に行ってもらうことになるだろう」


 事件の真相はわからないまま。

 それに、あの虎が簡単に喋るとは思えない。


「拘束した船員も聞き取りを行っている。潜水艦の残骸も回収、軍で解析をしているが共和国製とみて間違いないだろう。このことから貴様が覚めた事件、今件も含めて同国の暗躍が予想される」

「新潟県側と共和国との関係はあったんですか?」

「今のところはない。だが、工作員がいたことは確かだろう。それも、かなりの数が国内で活動していることが予想される。まったく、頭の痛いことだ」


 鷹司がため息をつく。

 俺が同じ立場なら鬱病になりそうだ。


「最後に、辞令だ。榊平蔵少尉」

「な、なんですか? 改まって……」

「貴君の固有を確認した。よって昇進となる」


「こ、近衛ってのは固有があるだけで昇進できるんですか?」

「そうだ。どんなに役に立たないものであろうと、固有は固有。よって昇進、中尉となる」

「役に立たないって、今回は立ちましたけど」

「自分の、それも内部にしか作用しない固有では使いどころが限定される。せめて立花のように恩恵があれば、な」


「……まぁ、いいですけど」

「位はあがるが、貴様は新人であることに変わりはない。今後も訓練や基礎知識の習得に努めよ。いいな?」

「承知しました」


 昇進したからといっていきなり環境が変わっても困る。

 もしかすれば、これまで通りというのも鷹司の温情なのかもしれない。


「……榊、よく戻った」

「副長こそ、色々とありがとうございます。御厚配に感謝いたします」

「世辞はいい。仕事で返せ」

「はい」

「では、な」


 敬礼を交わした後、鷹司が行ってしまう。

 夕陽を眺めながらしばらく惚けていると、再びノックの音が聞こえた。


「どうぞ」

「失礼する」


 堅い言葉遣いと、相反するような艶めかしい声。

 ドアの向こうにいたのは立花直虎。

 あまりに予想外だったのでビックリしてしまった。


「ど、どうかしましたか?」

「義弟がご迷惑をお掛けし、命まで救っていただいた。立花家を代表し、お礼申し上げる」


 部屋にも入らず、頭を下げられる。


「い、いえ。仕事ですから。とりあえず中へ……」

「ここで結構。私からは以上です。では、どうぞ」

「ん?」


 立花直虎が体を開け、頭を下げる。

 そこには、


「……さかき」

「で、殿下」


 小さな主君の姿があった。


「……なおとら、ごえい、たいぎです」

「ははっ、では」


 殿下がとことこと部屋に入れば、立花直虎がドアを閉める。

 図ったかのような連携。

 とりあえずベッドに座っていられず、立ち上がる。


「……さかきは、そのままで、だいじょうぶです」

「いえ、そういうわけには……っと」


 立ち眩みがしてよろけてしまう。

 それをみた殿下が頬を膨らませ、ベッドへ押し戻された。


「……だめ」

「わかりました。では、殿下もこちらへ」


 どうせ誰も見ているわけではない。

 ため息をついてから殿下を同じベッドに座らせる。

 まさか、パイプ椅子というわけにもいかず、苦肉の判断だ。


「……からだは、どうですか?」

「はぁ、まぁ、なんとか無事です。殿下こそ御体は如何ですか? 毒や暗示の痕跡はございませんか?」

「……あさこに、みてもらいました。だいじょうぶ、です」

「それは良かったです」


 チビ殿下はベッドの上で正座しながら頷く。

 妙な光景だ。


「……さかき、わたしはすこし、おこっています」

「察しはつきますが、予め申し上げておきます。不可抗力です」

「……わるいこ」

「あの状況で、殿下になにができますか? 結果としては最良であったと自負しておりますが」

 

 頬を膨らませる殿下の額を突っつく。

 きっとコンベンションセンターでのことをいうつもりだったのだろう。

 確かに誉められたものではなかったかもしれない。

 でも、殿下が無事ならば、それでいい。


「……さかき、いたかったでしょう?」

「もう治りました。ですから……」


 不意に抱きつかれる。

 胸の中で、殿下は泣いていた。


「……もう、あえない、かと、おもいま、した」


 震える体、濡れた声。

 こらえていたであろう想いを感じる。

 構わない。構いはしない。

 この体がどうなろうとも、この子が無事でいてくれるなら。


「大丈夫です。こうしてまたお会いできたのですから」

 揺らぎそうになる声を押し止め、務めて冷静を装う。


「……ほんとう?」

「ええ、本当です。ほら、綺麗な顔が台無しですよ」


 見上げる瞳には涙。

 美しい髪を撫でて、ようやく笑顔に変わった。


「……さかき」

「なんです? まだなにか?」

「……ごほうび」

「はい?」


 殿下が太ももをぺちぺち叩く。

 今日は薄い御子の装いなので音が響く。


「……ぼーなす、です」

「結構です、と申し上げてもダメですか」

「……はい」


 嬉しそうな顔に少しだけ心配になる。

 こんなにチョロくて、この国は大丈夫なのだろうか。


「……はやく」

「はいはい」


 返事をしつつ、頭を小さな体へ預ける。

 心配ではあるが、それは後でいい。

 少なくとも俺は近衛でいる間は。


「……さかき、がんばりました」

「恐縮です」

「……いいこです」


 顔をなぞる小さな手に、心地よさを感じながら眼を閉じた。

 微睡む意識の中で願う。

 このときが、もう少しだけ続くように、と

 




 これにて第1部 完になります。


 第1話投稿から約一か月強。

 まさか、こんなに多くの方に読んでいただけるとは、思ってもみませんでした……。

 お付き合いいただき、本当にありがとうございました!


 第2部以降についてですが、

 今まで感想でいただいたご指摘をもとに、現在改めて調整を行っております。

 まだまだ殿下を書き足りない……。


 すみませんが、こちらには少々お時間を頂戴できますと幸いです。


 また設定を思いついた軽いものが1本あるので、

 そちらも一度公開できればと考えております。


 ――が、どっちを先に公開まで調整できるだろうか……。


 もっと文章を書くのが早ければよかったのですが、

 まだまだ勉強中で四苦八苦しながら執筆しておりますので、

 もう少しお付き合いいただければと思います!


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