三話
「早まったかな」
近衛の話だ。
金につられて二つ返事をしてしまったが、今になってよかったのだろうかと思ってしまう。しかし、一つだけわかったのは金払いは良さそうな組織だということ。
「この部屋……」
今いるのは近衛に入るにあたり、用意された宿舎とは名ばかりの高級マンション、その一室。
無駄に広いキッチン、リビング、ダイニング、キングサイズのベッドまで兼ね備えた帝都の一等地で 3LDK。買おうと思ったら億の値段がつく。
そして、今は人を待っている。
誰を、と聞いてほしくない。俺自身わからない。
「ごめーんくーださーい!」
ドアがガンガン多叩かれて大きな声がする。
うるさい。
「失礼しまーす!」
がちゃ、と鍵が開いた。
「ちょっ!?」
待て、俺は鍵を開けてない。
「こんにちはっ!」
慌てるうちに頭が悪そうな小娘がきた。
年の頃は一〇代後半、栗色の長い髪と太陽をアホにした様な笑顔。
服装は鷹司と同じ白を基調とした軍隊服。腰には黒い鞘に包まれた刀。
背は俺より低いのに天井に届きそうな段ボールを左の掌で持っている。右手には鍵。
「よっと」
重そうな音をたてて荷物が置かれる。華奢な腕からは想像もできない音だ。
「副長に言われてきましたっ! 近衛隊所属、裂海優呼大尉であります!」
「ど、どうも」
勢いに押されて挨拶を返す。
「返事がないから寝てるのかと思ったわ。起きててよかった!」
「あの、普通は返事を待ちませんかね?」
「時間がないから!」
「時間がない?」
「はいっ! ちゃっちゃと着替えてね!」
笑顔で段ボールを差し出される。
「待ってくれ。これから何が始まるんだ? それに入隊って……」
「副長から伺ってないんですか?」
「副長?」
「鷹司霧姫様です。お会いしましたよね?」
「あの女が副長なのか」
「あの、女?」
「し、失礼。あの人だ、あの人」
小娘、裂海の眼が一瞬にして鋭くなる。やべぇ、怖い。
「不敬はダメ! 鷹司霧姫副長!」
「わ、わかった」
「た?」
「わかりました!」
細かい。
それにガキにしては目つきが怖すぎる。
頭は悪そうなのに眼力だけは凄まじい。子供なら泣きそうだ。
「ああ、もうこんな時間! 時間ないんだから脱いで!」
「へ? 俺が脱ぐの?」
「当たり前でしょ」
がさごそと段ボールの中から出てきたのは鷹司や裂海と同じ白い軍服。
まさかとは思ったが、これが近衛の制服らしい。
察するに、これから行われるのが入隊式とやらなのだろう。こんなの着て勤務しろというのか。ある意味拷問に等しい。
「早く脱いでよ! それとも脱がしてほしいの?」
「わかった、わかりました!」
諦めて手に取る。
この歳でコスプレ紛いの格好をするとは思いもしなかった。
でも、まぁいい。近衛が何をする組織かは知らないが、大金をくれるのだから仕方がない。ここはおとなしく従うとしよう。
「よっ……と」
着ていた小豆色のジャージを脱ぐ。
「あの…………」
「なに?」
裂海がじ、っとこっちを見ている。
「席外してもらえませんかね?」
「なんで?」
「なんでって、着替えるんですけど」
「私は気にしないわ!」
「俺がするんだよ!」
思わず怒鳴ってしまった。
まったく、昨今の女子は恥じらいが欠けている。
「うるさいわね、最初なんだから見るのは当たり前でしょ? ただ着るだけだったら段ボール持ってこないわよ」
「こんなの楽勝ですよ。サラリーマンなめないでいただけます? スーツに燕尾、タキシード、一通り着こなせて一人前なんですから」
インナーから手に取り、順番に着ていく。
確かに、普通のスーツよりもやたらとボタンが多い。機能的、というよりは燕尾服のような儀礼的な印象がある。
「どうです?」
「へー、本当に大丈夫なのね」
余裕で着こなせる。
サラリーマンなめんな。
「ぴったり?」
「……ええ」
しかし、考えてみれば恐ろしい。
こうしたものを作るには時間と手間がかかる。すぐに用意するのは難しい。
サイズのストックがあったならまだしも、ここまでぴったりだと作ったと考えるのが妥当だろう。
この短時間で、作った、と。
「どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
「ふーん。まぁ、いいわ。じゃあ行きましょう!」
袖を引っ張られる。
ため息を付いたところで再び呼び鈴が鳴った。
「あっ、いっけない!」
裂海が玄関へと走る。
続くとそこにはウドの大木がいた。
珍客のオンパレード。サーカスかと思ってしまう。
一七三センチの俺より頭一つは大きく、全体にがっしりとした体格。
緑を含んだ黒髪、垂れ気味の眼、柔和そうな顔立ち。鷹司や裂海とはだいぶ印象が違う。同じ制服、それに腰の刀。
「遅いぞ優呼。隊長たちも揃い始めてるグズグズしてると大目玉だ」
「あっちゃー、ごめんごめん」
「あんたも、最初から懲罰ってのは嫌だろ?」
大男が片目を閉じる。
なんだろう、サマになっていてちょっとムカつく。
「立花宗忠だ」
「どうも、榊平蔵です」
右手を出される。
握手とは、なかなか友好的だ。少なくとも裂海よりはマシな人物らしい。
「じゃあいこう。お歴々がお待ちだ」
嫌な予感がする。が、金をもらった以上は従うしかない。
ため息をつき、先行く二人に続くしかなかない。