表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/227

五六話



 潮風の匂いが鉄錆、血を連想させるようで嫌気がする。


 虎は後生大事に”防人”安吉を腰にぶら下げている。

 なんとしても国に持ち帰るつもりなのだろう。だったら、それを逆手に取る。

 護身刀を手に走った。

 狙いは刀、の振りをして守ろうとする虎の腕を掴む。


「捕まえた!」

「どちらがだ?」


 虎は巧みに体重を逃がし、技術で受け流そうとする。

「いいのか?」

 残る手を刀に伸ばせば、

「むっ!?」

「おっと、手が留守だ」

 意識がよそ見をする隙に腕を引き、懐に護身刀の切っ先を向けた。

「チィッ!」

「っと、今度はこっちだ」

「小癪な!」

 

 虎の右手がこちらの喉をつかむ。

 爪が薄い皮膚を裂いて頸動脈へと毒が回る。が、そんなことは折り込み済みだ。


「……とった!」

「っ!」


 膝が腹部に突き刺さり、初めて虎が苦悶を浮かべた。

 明滅する視界。

 しかし、ここまでの密着状態なら関係ない。相手も避けようがない。

 

 続けざまに二度、三度と連発する。

 たまらず体を追ったところで首から手が放れた。が、逃がしはしない。

 護身刀の柄をくわえ、自由になった両腕でタックルを見舞、


「がっ!?」


 腕を伸ばして突っ込んだのに、顎に衝撃を受けて横に吹っ飛ばされた。

 床に叩きつけられ、蹴られたのだと気付いたときには虎は手すりにもたれ掛かり、荒い息をしている。


「ってぇ……ん、んん? ぷっ」


 起き上がり、血と一緒に折れた奥歯を吐き出す。

 手には”防人”安吉がある。

 まぁいい。刀は取り返せたのだから十分だ。


「やはり貴様は、いや近衛は危険だ。その覚悟と決意が全員にあるとしたら我が国の脅威となる」

「ア、アンタの方が危険だろうが、毒なんてまき散らしやがって。虎じゃなくてコブラにでも改名したらどうだ?」

 

 ざまぁみろ。

 体を重点的に狙ったのは刀回収の匂い消し。

 インプラント代はかかるが、仕方ない。


「こ、れからが、本番だ」


 護身刀を落とし、”防人”安吉を抜き放つ。

 ようやく本来の、リーチとして互角の戦いが出来る。

 技量の差が絶望的なので気休めにしかならないが、これ以上毒を食らうのはゴメンだ。

 

 痛いし、何より許容量が分からない。

 刀を正眼に構え、呼吸を整えようとする。と、

 

 ドクン

 

 何かが脈打つ。

 とうとう心臓がイカレ始めたのか。

 最初はそう思ったのだが、どうやらそうではない。脈動を感じるのは手の中にある刀だった。


「こ、これは……」

 ”防人”安吉から荒れ狂う様な衝動が光の奔流となって俺の中に入り込む。

「ぐっ!?」


 辛うじて耐えられたのは二度目だったからだ。

 そう、初めて刀を手にした、あの日以来。今度ははっきりと刀の意志が伝わってくる。


「……そ、そうか、なるほどね」


 ”防人”安吉は千年を経ても外敵を討つべく嵐を起こそうとしている。

 大陸からの脅威、国難を所持者である俺を通して認識している。

 想像ではあるが、刀は目的に応じて所持者を選び、脅威と相対する俺をようやく所持者と認め力を解放しようとしている。


「……なんとかの尾を踏んだ、ってわけだ」

「なにを……」


 虎が疑問を呈する前に”防人”安吉から光の奔流が今度は空へと伸びる。

 真っ青だった空に光が貫き、吸い寄せられるように雲が渦を巻く。

 この刀は防人。

 三度目の元寇に備えて打たれた、護国の刀。

 神風が訪れる。


                    ◆



 海水と雨が風によって叩きつけられ、辺り一帯は真っ白になる。

 船は前後左右に大きく揺れ、立っているのも精一杯。

 そんな状況の中でも光は空に伸び続け、嵐は収まる気配をみせない。


「は、張り切ってくれるのはいいけど……ちょっと、きついな」

 

 揺れると毒が巡るようで気持ち悪い。

 そう思っていると急激な立ちくらみで腰が砕け、床に倒れてしまう。

 この症状は毒ではなく熱量不足と類似している。


「……なるほど。俺の体力食って引き起こしているわけだ」

 

 どういう原理で嵐を起こしているのかはわからないが、早々に終わらせないと勝ち負け以前に俺自身が危ない。


「収まれ、頼むから」


 とりあえず呼びかけみるが、当然反応はない。


「ダメだな。だったら……」

 杖代わりに床に突き立て、立ち上がると同時に手放す。

 光の帯が途絶え、嵐は急速に収まるが、


「がふっ!?」

 今度は毒が急激に全身を侵してくる。

 刀はオンオフのスイッチに近い。持たなければただの人間になってしまう。

 慌てて落とした護身刀を拾って症状の回復をさせる。


「い、今の状態だと諸刃だな」


 荒らぶってくれるのは構わないが体調が万全でない今だとミイラにされる。

 それか制御方法を見つけなければ危なくて使えたものではない。


 冷や汗、いや脂汗が背中を伝う。

 熱量不足、体中を巡る毒。

 眼もかすみ始めた。


「さて、どうする……」

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ