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五三話



「榊、私が切る」


『はぁ? 切るって、どうやってですか?』

「偵察機に海面下の敵を攻撃するような武装はない」

『そ、そうかもしれませんが……』


 鷹司の宣言に、新米、榊平蔵の疑問符が聞こえた。

 普通ならば呆れるか嘘だと思うだろう。

 しかし、彼女は鷹司霧姫。


「貴様は観測係だ。潜水艦から目を離すなよ!」

 事が決まれば善は急げ。

 上着をひっかけ、相棒である宗近を手に取る。


「殿下、新米の援護をして参りますので、暫し……」

「……わたしも」

「いけません。宗近を使いますので、危のうございます」

「……おてつだい」

 

 小さな瞳には決意の色。

 胸元のシャツを握る手が強くなる。


「土岐!」


 部屋の外で待機していた第五大隊の長を呼ぶ。


「はっ」

「殿下を頼む」

「お任せください。殿下、こちらへ」

「……むぅ」


 日桜が膨れる。

 渋々ではあるが頷いた。

 抵抗しても無駄だということを分かってくれたらしい。


 日桜は大人しく鷹司の胸元から離れると、今度はモニターの前に座り込む。

 大隊長に護衛を部下に任せ、鷹司は一人部屋をでた。

 携帯電話を操作して今度は九段下の本部へとコール。


「鷹司です」

『あら、どうしたの?』


 電話にでたのは本部の執務室で留守番をする伊舞朝来。


「朝来さん、海防ラインの状況をお伺いしたいのですが」

『帝国海軍、空軍が連携して緊急展開中。でも、潜水艦の探知までは及んでないわね』


 本部の執務室、あの部屋ほど情報が集中する場所もない。

 国防の中枢といってもいいところで、ふんぞり返りながら伊舞はモニターに映し出される詳細な情報を読み上げていく。


『範囲を広げすぎたせいでボウヤのいる辺りは手薄よ。このまま時間をかければ領海を抜けられるし、進路を塞いでも潜水艦なら突破されるわ』

「ならば広がった網を利用します。二刀、六〇秒で決めます」


『大盤振る舞いね』

「同田貫と榊。どちらも今失うわけにはいきません」

『……分かったわ。衛星の確認はこちらでするから、準備ができたらまた連絡を頂戴』

「承知です」


 鷹司が珍しく走る。

 新米からの報告では潜望鏡が見えた。

 だとしたら遠からず浮上する。

 その前に航行不能にしなければならない。

 

 向かった先はコンベンションセンターの屋上。

 地上五〇メートル、眼下には砂浜。遮るものはなにもない。

 鷹司は三日月宗近を抜き放ち、右肩に担ぐ。

 残る手で携帯電話を持って伊舞へコール。


「朝来さん、準備できました」

『こっちもいいわ。これから五分間は上空を通る衛星はなし。周辺地域への警報、鳴らすわよ』


 伊舞の声とほぼ同時に海岸線へ避難を呼びかける放送、警告音が鳴り響く。

 鷹司は呼吸を息吹へと変え、体勢を整え、


「我が一刀は万物を隔てるものなり」


 鷹司の言葉に、肩に担いだ三日月宗近の刀身が揺らぐ。

 ここで鷹司は伊舞との通話を一端切り、指で制服の胸元を破って大きく広げると、再度新米へと繋ぐ。


「榊、聞こえるか?」

『副長、浮いてきました』

「分かっている。目を離すなよ」


 通話をハンズフリーにすると開いた胸元へ差し込み、三日月宗近を両手で持った。

 方向は大体わかる。問題は一太刀目でフェリーを巻き込まないかどうか、だ。


「宗近、その意を示せ!」


 鷹司が刀を振り下ろせば、延長線上にある海が割れる。

 神話の予言者がしたように海が、そのしたにある海底ごと刀の先端から遙か彼方、水平線の向こうまで裂ける。


「榊、どうだ!?」

『な、何ですか今の? う、海が!』

「貴様は観測係だと伝えたはずだ!」

『……太陽に向かって左方向、距離は五〇〇メートルほどです』


 答えは案外早い。こうした切り替えの早さは長所ということになるのだろう。

 あとで褒めてやろうと考えつつも、鷹司の脳は瞬時に角度を調整する。


「……い、くぞ!」


 再び三日月宗近を肩に担ぐ。

 鷹司の額には玉の汗が浮かび、真っ黒だった髪の毛が銀色へと変わり、


「宗近、万物の流転をみせよ!」


 海が、いや空に浮かぶ雲までも割れる。

『……副長、本当に人間ですか?』

 胸元からは新米の感嘆とも飽きれともとれる声。


「……あとは、任せる。上手、くやれ……よ」


 鷹司が膝を着く。

 できることはやった。

 あとは幸運を信じるしかなかった。

 


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