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五二話



 人間の思考というのは極限状態であるほど単純化しやすい。

 考えるという行為が行動の鈍化に直結するからだ。


「普通なら機関室に行く。鷹司はそう指示したし、敵も同じ予想を立てる。だったら俺は一つ上を行く」


 二等船室、大人数用の部屋に入って片端からカーテンを取って破き、端と端を縛って長くする。

 よく映画の高いところから脱出シーンで見るアレだ。

 カーテンの長所は遮光するのである程度の厚みがあって丈夫だという事。

 何部屋も回って同じようなカーテンロープを何本も作る。


「大きく右に弧を描いているなら左側からコレを流せば……」


 ロープが絡んでスクリューが止まるハズだ。

 しかしながら、大きな問題が二つ。

 一つ目はスクリューが水面下にあるということ。


 ただ流しても絡まってはくれない。

 もう一つは船の出力。

 こんなにも大きなフェリーを動かすスクリューなのだから、果たして三つ編み状にしたとはいえカーテン程度で止められるのかどうか。


「海水の浮力ってどんなもんだ? スクリューは水面下……いいや、三から五メートルに設定しよう」


 ペットボトル保存水の口を開け、二口ほど飲む。

 満タンでは直ぐに沈む。

 かといって空気を入れすぎれば浮かんでしまう。この調整が難しい。


「塩水って浮力強いんだったか……」

 

 海水の塩分は約三パーセント。

 一リットルには三〇グラムの計算になる。多分ではあるが。

 海水は真水よりも比重が軽いので、基本的には沈む。樹脂も沈む。

 ペットボトルの重さ分を考え、ゆっくりと沈むようにするには一割、五〇ccくらいを減らせばいのか。ものすごく大ざっぱな計算ではあるが。


「よし、これでいいか」


 カーテンで作った三つ編みロープの端にペットボトルを結びつけて船室の窓を開け、水音がしないようにゆっくりと降ろす。

 あとは船の側面に沿う様に流せばいい。


「……頼むぞ」


 ペットボトルは思った通り、水中を漂うように遠ざかる。

 カーテンで作ったロープも水面に浮いていい浮力代わりになっている。

 一〇秒、二〇秒と経過してから小さく船が揺れた。


「止まった、か?」


 試しに栄養バーの包装を投げてみる。

 まだ少し進んでいるようにも見えるが、とりあえずは成功としておこう。

 一時かも知れず、油断はできないが。


「何分もってくれるかな」


 考えていると、大気を切り裂く音が聞こえた。


「来た!」


 見上げれば雲の隙間から銀の翼が光る。

 あれが偵察機なら遅くないうちに裂海も到着する。


「帝国空軍! よし、希望が見えてき……」


 そう思ったのに、船の横に大きな影が見えた。

 クジラ、ではない。

 群青の水面から突き出す潜望鏡がくるくる回る。

 こんなに早く、それもまだ領海内であるにも関わらず現れるとは思ってもみなかった。


「上手くはいかないか……。どうするかな」

 

 浮上してきて接舷され、数を増やされるのは勘弁願いたい。

 かといってみすみす見逃すのも脳がない。


「潜水艦、潜水艦の基本スペックは……」


 詰め込んだ知識から現代における海の要塞についてを引っ張り出す。

 大陸はどうだったかわからないので、知識の中にある米国の攻撃型原潜を思い浮かべる。

 大陸と米国は未だ冷戦の真っ直中。


 米国の原潜に対抗するよう設計されているはずだから同等のスペックだろうと勝手に予想する。

 全長は一〇〇メートル前後、パッシブ、アクティブ両方のソナーとレーダーを搭載。

 乗組員の収容数までは思い出せない。でも二〇人やそこらではないだろう。


「護身刀で切れるか?」

 

 鉄くらいなら切れるが、水圧にも耐える複合装甲に歯が立つかは疑問符だ。

 ここを間違えたら致命的となる。


「仕方ない……」

 

 携帯を取り出し、耳に押し当てた。


                  ◆


「なに? 潜水艦だと?」


 新米からの報告に鷹司霧姫の胃は極限まで締め付けられる。

 想定していた最悪の事態が現実になる。

 これほどまでに重なると最早冗談にもならない。


「こうも重なるか……疫病神の様だな」


 新米の存在を本気で疑ってしまう。


「……きりひめ、だめ」

「ああ、いえ、殿下、そのような眼でみないでください」


 胸元にしがみつく小さな主君が頬を膨らませる。

 子守をさせたのに、された側が懐いてしまっている。

 人徳なのか人誑しなのか迷うところだ。


『今の装備ではどうにもなりません。それとも、護身刀で切りますか?』

「いや、それは止せ。潜水艦の外部装甲はカーボンナノチューブとセラミック繊維で構成された複合装甲だ。手を出して護身刀が折れたら貴様の命を保証するものがなくなる」

『では、殴りますか? ヘコませるくらいならできるかもしれません』


 新米にしてはこの状況下でよくも冷静でいられる。

 その点だけは褒めてもいいのかも知れない。

 その点だけ、ではあるが。

 それはそうと、現実問題としてどうするか。


『先ほど帝国空軍の機体が見えました。攻撃装備とかないですかね?』

「確認する。少し待て」

 

 鷹司は帝都にいるわけではない。

 自ら新潟に赴いて日桜の安全を確保、またコンベンションセンターの一室を借りきって機材を持ち込み、直接指揮を執っている。


 新米からの通話を保留にしつつ、佐渡島にある帝国空軍基地に問い合わせれば、タイミング良く正確な位置が割れた。

 経度三七.六八〇〇〇緯度一三八.〇八二二。

 かなり近海まで戻ってきている。

 コンベンションセンターからの距離は約九〇キロ。

 ならば、


「榊、私が切る」



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