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四八話



『……さかき?』

 

一番聞きたくないものが鼓膜を揺さぶる。

『……きいて、いますか?』

「は……い。ご無事で何よりです」


根性の悪い女だ。一番ききたくない声を聞かせる。

でも、良かった。

鷹司の元にいるのならもう安心だ。

そうでなくては、犠牲者が報われない。


「殿下、体は何ともありませんか?」

『……はい。さかきも、だいじょうぶ、ですか?』

「今のところは。それで、殿下がなんのご用ですか。今取り込み中です」

『……おはなし、うかがいました』

「今のも、ですか?」

『……はい。ゆりせんせい、おむねがおおきいのですね』


「切っていいですか?」

『……じょうだんです』

 このガキが。

「それで、殿下はなんの御用が御有で?」

『……さかきはどうしたいですか?』


どうしたいか?

決まっている。

消したい。

記憶を、罪状を。

近衛のことさえも。

でも、そんなことできやしない。

だったら、


「船を乗っ取って逃げてやります。誰も知らないどこかで、傷を癒しながら余生を過ごします」

『……けいやくはどうなりますか?』

「知りませんよ」


そんなもの、所詮は遊びで、戯れだ。


『……つらいのですね』

「事実についてだけいうのならば、概ね正解です。ですが……」

『……つみをせおうのがつらいのならば、わたしがあがないます』

「他人である貴女が、どう贖うのですか?」


『……わたくしのためにつくしなさい。しょうがいをかけて』

「意味が分かりませんよ。殿下に尽くしたところで、どうにもならないでしょう」

『……あなたは、ざいあくかんからにげているだけです。ころしたというじじつに、たえられないだけでしょう』


「護られているだけの存在のくせに、言ってくれますね」

『……だからこそです。わたしのいのちは、わたしひとりのものではありませんから』

「それは、そうでしょう。貴女はいずれこの国の象徴となられる。命の価値が違うわけですから」


 言葉が揺らぐ。

 相手の弱みを突いておきながら諭されたら逃げる。

 子供がどちらなのか分かったものじゃない。


『……くるしいのですね』

「そんなわけ……」

『……かまいません。ざいあくも、つみもとがも、わたしにおしつけなさい。にげるのならば、ちのそこでも、そらでもなく、わたしのところへきてほしいのです』


「どうして、ですか?」

『……それが、わたしのよくです』

「……」

 

 黙るのは、俺の方だった。

 欲を肯定する殿下。

 自分の欲を持たず、他人の欲ばかりを肯定する。

 そんな殿下が、俺を欲するというのか。


『……さいしょは、ちょろいとおもってました』


 チビ助のくせにいってくれる。


『……でも、さかきはよいひとでした。きりひめがはなしてくれるよりも、えいぞうでみるよりも、もっと。ですから、いっしょにいたくなりました。ほんとうは、よくなんてどうでもいい。いっしょにいてくれるひとが、ほしかっただけ』


 殿下の声が涙で濡れる。

 ダメだ。

 わずかな期間、一緒にいた顔が浮かんでは消える。


『……わたしはもっと、いっしょにいたいです』

「殿下」

 

 でも、これを安易に受け入れられはしない。

 何となく、ではなく、明確な理由が必要だ。

 近衛に戻るにも、この先へと進むにも、自らの立脚点が。


「お言葉、有り難く頂戴いたします。ですが、生きているのと、ただ生かされているのはまるで違うのです」

『……どういうこと、ですか?』

「殿下の意志に従い、ただ生きるだけでは、私という個はないも同然。こればかりは私の意志で貫かねばなりません。少しお付き合いいただけますか?」

『……なんなりと』

 

 殿下の言葉を待って深呼吸する。


「私は三人殺しました。過剰防衛ともいわれましたが、元をたどれば一般市民の喉を切ったわけですから、正当防衛だと思っています。なので、向こうが悪い」

『……わたくしは、しほうかんのまねごとはできませんよ?』

「知ってます。自分なりの整理です」

 

 泣き虫のチビ殿下に懺悔をしようなんて思わない。

 ただ、俺の意志を伝えるだけだ。


「意識も希薄でした。確かに愉悦をもって殺しましたが、それも喉を切られた報いです」

『……いっぽうてきですね』

「わかってます。これが最後です。命は償いようがない、しかし、忘れることもできません」


『……それならば、こころなさい。つみをわすれず、しかしてとらわれることなかれ。くやみ、なげき、ひきずりながら、いきなさい。おもにが、すりきれるまで』

「先にいわないでくださいよ」

『……さかきのことは、わかるのです』

 

 薄い胸を張る殿下が想像できてしまう。

 少し近くにいすぎたかも知れない。


「三人の命を受け入れ、生きます」

 自分なりの結論として導く。


『そのいし、わたくしがききとどけます』

「はい」

 

 殿下になんて背負わせない。

 これからは明確な意志をもって生き、明確な意志をもって殺す。

 罪も咎も背負う。

 

 後悔も懺悔も、その時でいい。

 次は、これからだ。

 ふう、と大きく息をした。


「で、これからどうします? 手っ取り早く船を沈めますか?」

『……だめです。すこしまってください』

 

 冗談だ。

 本気にしないでほしい。


『気は済んだか?』

「ええ、まぁ」

 

 正直まだ、心の中ではくすぶっている。

 でも、どうしようもない。


『私としても貴様には戻ってきてもらわねばならない』

「左様で」


 この人は案外、懐に入ったらチョロいのかもしれない。

 試してみよう。無事に戻れたら、の話しではあるが。


『貴様は重要参考人だ。事件の顛末、共和国の謀略を証明せねばならない。自らの潔白と一緒にな』

「分かっています。具体的にはどうしたらいいですか?」

『策は三つある。勧めないが、一つ目は貴様がすぐに海に飛び込むこと』

「そうなるでしょうね」


『二つ目は船の位置を特定してからの脱出。正確な位置さえわかれば貴様の救助も早いだろうし、優呼の到着も迅速に行える。ことと次第によっては優呼が解決するだろう。が、時間がネックだ』


「そっちで航路とか分からないんですか?」


『目的地までは調べられるだろうが、どこを通るかまでは分からない。それに、共和国の領海に入られたら手遅れだ。それらを踏まえて三つ目だが、優呼が到着し、虎捕縛までの時間稼ぎだ。立花の容態が思わしくない。治療にはどうしても血清が必要となる』


「……裂海なら勝てるんですか?」

 あれだけ強い立花でも倒されたのだから、裂海も危ないのではないかと思ってしまう。

『相性の問題だ。優呼ならば問題ない』


「三つ目まで引き受けます。航路と位置は操舵室にでもいけばわかりますかね」

『……いいのか? かなり難しいぞ』


「立花には借りがありますし、このまま戻ったら肩身が狭そうですから」

『ならば位置特定のあと、航路の修正、できなければ機関部へ向かいエンジンを破壊しろ。フェリーの速度でも遠からず日本の領海からでてしまう。共和国の領海に入られたら厄介だ』


「わかりました。まずは操舵室へ向かいます」

『気をつけろよ』


 通話が切れる。


「はぁ……」


 大きく深呼吸をして立ち上がる。

 心が軽くなったりなんてしない。

 懺悔が罪を軽くするわけでも、苦しみを取り去ってくれるわけでもない。

 

 ただ、覚悟をしただけ。

 これからを生きる、確たる意思を。




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