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四七話



「ああ、くそ!」


 逃げ込んだ遊技場のルーレット台に頭をぶつける。

 当然ながら痛くも痒くもない。


「この俺が、人殺し?」


 賭チップをひっくり返せば盛大に音を立てる。

 音に気づかれたらヤツらがなだれ込んでくるだろう。

 それでも、こうせずにはいられない。

 自分が意識のない状態だったとはいえ、人の命を文字通り握りつぶしていたのだから。


「……どうする」

 誰もいない遊技場ででボヤく。

 答えは当然のことながら出ない。


「それが、今では殺人犯か」

 ポケットでケータイが震える。

 取りかえしたのを忘れていた。


「……はい」

『榊! 貴っ』


 面倒そうなのでとりあえず切る。

 また振動する。


「はい」

『さ……』


 まだ面倒そうなので切る。

 が、しつこく掛かってくる。

 取っては切るというのをしばらく繰り返すと、


「もうそろそろいいですか?」

『……こちらの台詞だ』


 鷹司は疲れていた。


「なにから、説明したものでしょうね」

『それはこちらも同じだ。なにせ、第五大隊は死者二名、立花は重傷。唯一の救いは殿下だが、一部の記憶が消えて証言もままならない。貴様は反逆者扱いだ』

「た、立花は生きてるんですか?」

『かなり危険な状態だがな。残念がら意識はない』

「……そうですか」


 生きていてくれて嬉しい。

 悪いことが続く中でそれだけが救いだ。


『貴様は今どこにいる? なにをしている? 会場周辺の道路には検問が敷かれ、付近一帯は完全に封鎖されている。なのに見つからないのはどういうことだ?』

「副長、俺が人を殺したのを黙っていた理由はなんですか?」

『……』

「ショックを受けると思いましたか? 受け止めきれずに心を病むと思いましたか?」

『共和国だな?』


 こんなときでも鷹司は鋭い。

 まぁ、そうでもなければ副長なんて勤まらない。


「質問に答えてください」

 指でプラスチックのチップを割る。

 指先に力を入れれば、クッキーのようにぼろぼろと崩れて粉になる。

 人の喉を潰したときも、こんな感覚だった。


『半々だ』

「根拠はなんですか?」

『貴様には殺すだけの理由があった。一つは先に覚めていたこと。二つ目は最初に切ったのは向こうだ。人の本能、いや覚めたものとしての本能が生存を選んだにすぎない』

「二つ有れば正当化できる、と?」

『十分だろう』

「……そう、ですね」


 苦笑う。

 確かにそうかもしれないが、自分に殺人の咎があることに変わりはない。


「なるほど、それで私を死人扱いにした。書類上でも死ねば罪に問われることはない、心も幾分かは紛れるだろう、と」

 ずいぶん、いや恐ろしいほど甘い。

 鷹司霧姫という人間を、俺は今まで見誤っていたのかもしれない。


『都合が良かったからそうしたまでだ』

「理由はなんでも構いません」


 結局は俺の問題。

 これから先、どう生きるか、どう責任をとるのか、あるいは忘れるのか。

 先に喉を切ったのは連中だから正当防衛ともいえなくもない。

 過剰防衛ではあるが。


『楽しいおしゃべりはここまでだ。さぁ、居場所を吐け。助けを向かわせる』

「海の上です。出港から三時間は経過したようです」

『海……だと?』

「はい。セレモニーの後で共和国船籍が出航したと思いますが、そのどれかです。先程まで倉庫に閉じこめられていたので私にも詳しい位置はわかりませんが」


『海か……厄介な。今の状況は?』

「護身刀があったので、携帯だけ取り返して船内を逃げ回っています」

『なるほど、道理でつながらないわけだ』

「連中のなかに毒を使うやつがいます」

『毒……共和国の虎だな。まさか、そんな大物が出てくるとは……』


 虎。

 浅黒い肌にあの目つきは確かに虎に似ている。


「私のことも調べていたみたいです。国内にもかなりの工作員がいるはずです。それから、国内の刀をどういうルートか知りませんが入手できる様です」

『餞別のような語りぐさだな』

「少し迷っています。どうしたものか、と」

 

 手持ち無沙汰でビリヤードの玉を転がしてみる。


『榊、なんとか場所を割り出せ。優呼を向かわせる』

「向かわせるのは構いませんが、私のことを勝手に決めないでください。私の人生で、私の選択です。悩んでいる途中ですから」

『悩む? 何をだ?』


 分からない、とまではいかないが、鷹司が疑問を呈する。


「身の振りです。不可抗力とはいえ、人を殺した。それも三人、吐き気が止まりません」

『らしからぬ殊勝な言葉だ』

「私の何をご存じなのですか?」

『初恋は小学校の先生で、名前は由里先生だったか?』


 最低だ。

 そういえば、調べられていたんだった。


「このまま船を乗っ取ってシャムにでも行きます」

『冗談だ。しかし、結果はどうあれ不可抗力といえる。気に病む必要はない』

「現代日本で殺人を気に病むなといわれても、無理ですよ」

 

 まして、快楽の中で殺したとなれば尚更。

 シリアルキラーにでもなった気分だ。


『どうしても、ダメか?』

「今すぐどうこうとは……」

『暫し待て』

 

 声が途切れる。

 分かってくれたのか。


『……さかき?』

 

 一番聞きたくないものが鼓膜を揺さぶる。


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